新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との数カ月の戦いを経た米国は、今度は別の熱病に浮かされている。ジョージ・フロイドが警官のデレク・ショービンに殺害される映像がソーシャルメディアで拡散すると、米国、そして世界中の路上に抗議参加者たちが押しかけた。これまでに黒人たちが被害者となってきたいくつもの残虐行為の積み重ねの中で、フロイドの名前は不正義を表す公共のシンボルとなった。これまでにも誤情報によって警告なしに家宅捜索を受けて射殺されたブレオンナ・テイラーや、白人の自警団に殺害されたアマド・オーブリーをはじめ、多くの黒人たちが犠牲になってきた。
デジタルの世界では、抗議活動を巡る言説が、真実とデマが並列する分断された世界の中でせめぎあっている。
一方の言説は、数万人の抗議参加者たちが米国の司法制度の責任を問うために行進をし、白人の生命と財産を何よりも優先して守るという警察の活動ポリシーに光を当てている。そして抗議参加者たちは、まさに自分たちが抗議している相手から同じような残虐行為と無関心を向けられていると述べている。他方では、ドナルド・トランプ大統領や、米国司法長官のウィリアム・バー、「MAGA(Make America Great Again、米国を再び偉大に)連合」らが中心となって主張している、反ファシズムの抗議者たちがバスや飛行機で各地の都市や町を巡り、混乱を引き起こしているという言説だ。こうした見解は大半が白人の自警団グループを焚きつけ、戦いへと駆り立てている。
このような武装活動家たちは、パンデミックについてのデマや混乱を拡散させた人々と人口統計的に酷似している。どちらについても同じフェイスブック・グループがデマを拡散させており、大半のフェイクニュースをシェアしているのはいつもの高齢の共和党員たちだ。
抗議活動に関するデマを信じた人々と、新型コロナウイルス感染症による外出禁止令に抗議する「再開」集会に参加した人々が同じであるというのは、偶然ではない。長年にわたって政治的なデマを真に受けてきた彼らは、数カ月間に渡って展開されてきたパンデミック陰謀論によって狂乱状態に陥った。さらに、インフォデミックによって、誤った言説や噂の拡散ルートが強化された。これらはデマを生み出すために格好の土壌となっている。
事態の経緯
新型コロナウイルス感染症がゆっくりと移動するハリケーンのように米国を襲ってきたとき、大半の人々は自宅に待機し、政府が対応計画を打ち出すのを待った。だが、数週間が過ぎ、数カ月が経っても米国政府は包括的な検査を提供できず、一部の人々がしびれを切らし始めた。ライフルと誤情報で重武装した小規模集団が、多くの点で物議を醸した「再開」集会を展開したのだ。彼らの主張は大方の場合、今回のパンデミックは、億万長者の寄付提供者や世界保健機関(WHO)と共謀した民主党によるでっち上げだという主張に依拠している。活動再開を求める主張は反ワクチン運動によって増幅され、注目を集めたいオンラインのインフルエンサーの願望を利用し、新型コロナウイルス感染症のワクチンは接種者へのマイクロチップの埋め込みを画策するビル・ゲイツの陰謀の一部であると匂わせるデマが横行した。
もっとも、こうした抗議集会は、新型コロナウイルス感染症の現実から乖離しているように思われ、政治家やメディア、市民から正当性を認められることは少なかった。
しかし、「ブラック・ライブス・マター(黒人の命は大切)」の抗議活動が各地に拡がると、混乱を引き起こすための新たな政治的機会が生まれた。トランプ大統領は、テレビのイベント用にワシントンD.C.に大規模な軍隊を集結させることで、軍によって各都市に侵攻するという脅しをかける布石を打った。こうした演出は、前の週に各メディアで大々的に報道された、各都市で警察が抗議参加者に対してゴム弾やガス、閃光手榴弾などで攻撃を加えるという実に痛ましい映像に対抗するものとして意図されたものだった。トランプ大統領は米国の黒人たちの痛みや苦悩に言及するのではなく、この混乱の原因が「アンティファ(Antifa)」にあると非難した。
左派の多くの人々にとって、アンティファは単純に「アンチファシスト(反ファシスト)」を意味する。しかし多くの右派にとって「アンティファ」は民主党の別称になっている。2017年、右派の論客やコメンテーターたちは政敵を「オルタナ左翼」と再定義しようとしたが、これは定着しなかった。
トランプ大統領の宣言から間もなくして、複数のツイッター・アカウントが暴力の呼びかけや反ファシストに関する情報収集といった影響活動をしてきたことを認めた。ツイッター側も、3年間にわたって運用されてきたある「アンティファ」アカウントが、現在は消滅した白人国家主義組織と関連していたことを確認している。同組織は、ヘザー・ヘイヤーを殺害し、数百人を負傷させた「ユナイト・ザ・ナイト・ラリー(日本版注:2017年にバージニア州シャーロッツビルで開催された極右集会)」に関わっていた。それでも、この陰惨な事件を画策した「オルタナ右翼」や武装民兵グループらは、連邦政府当局にこれほどまでの懸念を与えてはこなかった。
今回の抗議活動がアンティファに扇動されているというデマは、なりすましのツイッターアカウントや右派メディアのエコシステム内にすぐに浸透し、武力対応を求める呼びかけなどと共にいまだに拡散を続けている。この誤情報と人種差別の蔓延が組み合わさったことが、武装した白人の自警団グループが各地の都市や町に出現している要因となっている。単純に言えば、誤情報が動員につながると、市民が危機に晒されるということである。
次はどうなる?
デマ研究者として筆者たちは、これまでにもこの手の攻撃が展開されるのを目にしてきた。これは「ソースハッキング」と呼ばれる手法である。ソースハッキングとは、メディアを操ろうとする者たちが敵のパターンを模倣し、情報源を曖昧化しようとし、徐々にレトリックの危険さを増していく一連の戦術を指す。トランプ大統領はアンティファを国内テロ組織に指定すると発言したが、捜査官はソーシャルメディアのデータを仔細に調査し、実際には誰がオンラインで暴力を扇動しているのかを見極める必要がある。すると間違いなく、このデマの拡散が右派の扇動者たちの活動によるものであると明らかになるだろう。
このことは、行動を呼びかけている人間は全て信用できないという意味ではない。どんな抗議活動にもさまざまな意見や戦術があり、政策問題にも議論の余地がある。例えば改革か革命かという古くからの議論もその一例だ。だが公的な抗議活動の驚異的な点は、現場の参加者たちの要求がいかに容易に認知され、記録されるかという点にある。
今のような状況には慎重な分析が求められる。ジャーナリストや政治家たちをはじめとする人々は、黒人のオーガナイザーたちによる運動の組織化のあり方や、その要求に気を取られてはいけない。デマ研究者として私は、この運動のメッセージを取り込もうとしたりそこから気をそらしたりしようとする動きや、オーガナイザーへの攻撃、運動の前進を妨げようとする企てが確実に実施されていると考えている。デマ運動はメディアを操ろうとする者たちが新たな状況に適応するなかで循環的に進歩していく傾向にあるが、なりすましアカウントや、行動に対する偽の呼びかけ(#BaldForBLMがその一例だ)、あぶく銭を稼ごうとするペテン師たちなど、古くからの戦術も未だに機能している。
重要なことは、市民社会の組織全体がこの運動を長期的なものにしようと取り組んでいることだ。彼らは自分たちが重要視している問題に関するデマに対抗する術を身に着けなければならない。ザ・ムーブメント・フォー・ブラック・ライブス(the Movement for Black Lives)とカラー・オブ・チェンジ(Color of Change)は、ただ正義を求めるだけでなく、警察のリソースをコミュニティ・サービスに移行するための活動を組織している。メディア・ジャスティス(Media Justice)は#defendourmovements(私たちのムーブメントを守ろう)のスローガンの下にオンラインでのトレーニングを実施しており、リクレイム・ザ・ブロック(Reclaim the Block)はミネアポリス警察の予算削減に取り組んでいる。
そういったこと全てに通底する真実が1つある。それは、何千人もの人々がホワイトハウスの前で抗議活動をするときには、その活動を極端なイデオロギーや、外部の扇動者による陰謀論に矮小化することはできないということだ。パンデミックの中で人々が抗議をしているのは、黒人の命を守るための正義の戦いはワクチンの開発を待っているわけにはいかないからだ。
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ジョアン・ドノバン博士は、ハーバード・ケネディ・スクール ショーレンスタイン・センター(Shorenstein Center)のメディア、政治、公共政策に関する研究主任。