自分を実験台に
遺伝子療法で
アンチ・エイジングする男
遺伝子療法の試験に自分の体を実験台に差し出したブライアン・ハンリーの話。 by Antonio Regalado2017.01.11
ブライアン・ハンリーが見た夢はこんな感じだ。バスに乗っていて革の黒服を着た男と会ったかと思うと、次の瞬間には傾いた金属製ベッドに大の字に寝かされ、電気ショックを浴びせられていた。
この夢は間違いなく実際の出来事に関係がある。昨年6月、カリフォルニア州デイビスにある形成外科医の診察室で、ハンリーの求めに応じた医師はある遺伝子をハンリーの大腿部に埋め込んだ。博士号を持つ微生物学者であるハンリーが、自分で配列を決め、研究用の備品メーカーに発注した遺伝子だ。医師は鋭利な電極を脚に刺し、ハンリーの体内に強力な電気を流した。こうすると筋細胞が開き、注入されたDNAが吸収されるのだ。
この医療行為は、MIT Technology Reviewが記事化する2例目の未承認の遺伝子療法だ。未承認の遺伝子療法はアンチエイジング療法を開発しようとする少数の型破りな人々の支持を集めているが、リスクは高い。ハンリーが自らの筋細胞に注入した遺伝子はある種のホルモン分泌を増加させ、身体能力とスタミナを増進し、寿命を延長させる可能性がある。
60歳のハンリーはデイビスにある従業員ひとりの企業バタフライ・サイエンスの創業者だ。ハンリーにはDNAの注入でエイズ患者の体力を向上させるアイデアがあったが投資家の反応が薄く、自分の体で最初に実験することにした。自分自身で実験する決断についてハンリーは「私は自分で証明し、自分で実行し、進歩をもたらしたかったのです」という。
多くの場合、遺伝子療法の実験は最新のテクノロジーと数百万ドルの予算が投じられ、大人数のチームによって最上級の医療機関で実施される。血友病のようなまれな病気を治療するのが目的だ。一方ハンリーが実証したのは、遺伝子療法は脂肪吸引や鼻の形成手術で使われるような設備で安価に実施でき、いつの日か誰でも利用できる可能性だ。
寿命を延ばとうして、アンチエイジング医療に熱心な人々は従来、成長ホルモンを注射したりフラーレンを飲んだり、メガビタミン理論に基づいてビタミン剤を多量に接種したりしてきた。医学界で主流の考えを無視した場合もある。現在は、未承認の遺伝子療法が次のフロンティアと目されている。オーバーン大学(アラバマ州)で犬を対象に遺伝子療法を研究しているブルース・スミス教授は「まったくバカげたことです。とはいえこれは人の性というやつで、テクノロジーとは相反するものです」という。
実験のため、ハンリーは自らの科学知識と生涯かけて貯めた貯金の一部を注ぎ込んだ。研究者としてのノウハウを活用して備品を確保し、血液検査を発注し、地元の倫理委員会からも承認を取り付け、治療を手伝ってくれる形成外科医も雇った。治療は2度にわけられ、2015年に少量のDNAを注入し、昨年6月に量を増やして2度目を注入した。
ヒンドゥー語のレイブミュージックを流しながらボロボロのセダンを運転するハンリーは、自己改善の探求にかけては不世出の天才と呼ぶにふさわしい。ハンリーはWeb上でも活発に発言しており、放射能や電気自動車から、道端に積もった落ち葉の回収にまでさまざまな意見を述べているる。とはいえハンリーの科学的思考はおおむね妥当だ。見た夢の意味も単純に、つまり「自分はフランケンシュタイン的な怪物になった」という。「私の無意識はそこまで緻密ではありません。私は何か別のもの、これまでの自分と一部違ったものになったのでしょう」
ハンリーの実験は一線級の科学者の注目を浴びた。ハンリーの血液は現在ハーバード大学のジョージ・チャーチ教授(遺伝子学の著名な専門家)の研究室で検査されている。MIT Technology Reviewにハンリーの実験のあらましを伝えたのはチャーチ教授で、他にもDIY型遺伝子療法の例を数多く知っているという。「事例はおそらくまだまだあるのでしょう」とチャーチ教授はいうが、規制当局が実験を承認していないので、正確な数は誰にもわからない。「完全に思い思いの方法で実験されています」
2015年、MIT Technology Reviewはリズ・パリッシュについての記事を書いた。リズは起業家で、生物学の専門家ではないが、ラテンアメリカで1度遺伝子療法を受けたという。パリッシュはアンチエイジングに関する会議を通じてハンリーと面識があり、一時はハンリーのもとで仕事をしていたこともある。他にDIY遺伝子療法を受けた人物は少なくとももうひとりいる。米国のあるバイオテクノロジー企業の幹部だが、別件で米国食品医薬品局(FDA)といざこざを抱えており、遺伝子療法を受けていることは表沙汰にしたくないそうだ。
ハンリーもFDAの承認は受けていないという。FDAはまず 臨床試験実施申請(IND)を出し、承認を得た上で人間に対する新薬投与や遺伝子療法を試験するよう企業に求めている。「『INDが必要です』と言われたのでこう返しました、『いや、そんなもの必要ない』」とハンリーはFDAの職員とメールのやりとりを振り返る。ハンリーの主張では、社会全体にリスクを及ぼすわけではない以上、自分への実験は例外であるべきなのだ。
とはいえ、遺伝子治療には免疫反応などの危険があることはわかっている。「私は何年もかけて、実験過程を練り直したり、失敗のシナリオを考えたりする以外の極端な例外について検討してきたのです」とハンリーはいう。実験について話を聞くためにスタンフォード大学のキャンパスでハンリーと会ったとき、ハンリーはカーゴパンツを下ろし、左大腿部にある3つの黒い点(注入の跡)を見せた。万一遺伝子療法が予測不能の自体を引き起こ …
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