KADOKAWA Technology Review
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カメラ映像を脳に直接送信、
16年間失っていた視力を
取り戻したテクノロジー
Russ Juskalian
生物工学/医療 Insider Online限定
A new implant for blind people jacks directly into the brain

カメラ映像を脳に直接送信、
16年間失っていた視力を
取り戻したテクノロジー

ビデオカメラで撮影した映像を電気信号として脳に直接送り込み、視覚障害者の視力を回復させる——。スペインの研究者が数十年取り組んできた研究がついに実を結びつつある。 by Russ Juskalian2020.07.20

ベルナルデータ・ゴメスは、目の前の、手が届く距離にある白い厚紙に書かれた太く黒い線を指して「アリ(Alli)」と言った。母国語であるスペイン語で、「そこ」という意味だ。

Innovation Issue
この記事はマガジン「Innovation Issue」に収録されています。 マガジンの紹介

57歳の普通の女性にとっては特別な能力ではない。だが、ゴメスは目が見えない。これまで十数年も視力を失った状態だった。42歳のとき、ゴメスは中毒性視神経症によって眼と脳をつなぐ神経束が破壊され、視力を完全に失った。光を感じることすらできない。

しかし、16年間の闇の後、6カ月間だけ、白と黄色のドットと色々な形状によって、自分の周囲の世界の雰囲気を非常に低い解像度で見ることができた。黒く塗りつぶされ、小さなカメラが取り付けられた改造眼鏡のおかげだ。この眼鏡はコンピューターに接続されており、カメラのライブ映像は電子信号に変換される。コンピューターはさらに、天井から吊るされたケーブルでゴメスの頭蓋骨後部に埋め込まれたポートにつなげられている。このポートは彼女の脳後部の視覚皮質に埋め込まれた、100本の電極を持つインプラントに配線されているのだ。

ゴメスはこの装置を使うことで、天井の照明や、紙に印刷された文字や基本的な図形、人々を認識できた。画像信号を脳に直接送ることで、簡単なパックマン風のテレビゲームをすることすらできた。ゴメスは、実験期間中は週に4日、目の見える夫に研究室まで連れてきてもらい、コンピューターシステムと接続した。

2018年末にゴメスが視力を得た瞬間、スペインのエルチェにあるミゲル・エルナンデス大学の神経工学部長、エドゥアルド・フェルナンデス教授の数十年にわたる研究がついに実を結んだ。フェルナンデス教授の目標は、視力を取り戻したいと願う全世界の3600万人のできるだけ多くに、視力を回復してもらうことだ。フェルナンデス教授の方法が際立って面白いのは、目と視神経を飛び越えてしまっている点である。

かつての研究では、研究者は人工眼球と人工網膜を作ることで視力を回復させようとしていた。この方法はうまくいったが、目の見えない人の圧倒的多数はゴメスのように網膜と脳の後部をつなぐ神経系が損傷されている。つまり人工眼球では視力障害を解決できない。だからこそ、網膜色素変性症という希少疾患の治療のために2011年に欧州で(そして2013年に米国で)人工網膜を販売する認可を得たセカンド・サイト(Second Sight)が、2015年になって20年も続けた網膜の研究を止めて視覚皮質の研究に乗り換えたのだ(セカンド・サイトによると、同社の「アーガスII(Argus II)」網膜インプラントを使用しているのは350人強だという)。

ヤシの木の散在するスペイン・エルチェにフェルナンデス教授を訪ねてみると、教授はインプラント技術の進歩と、人の視覚系の理解が進んだことで、脳に直接向かう自信ができたと語った。「視神経系内部の情報は、電子機器の内部の情報と同じです」。

信号を脳に直接送って視力を回復しようというのは野心的な考えだ。だがその基礎となっている原理は、すでに医療の主流として人間への電子インプラントに何十年も使われてきた。「現在、人間の体とやり取りして動作する電子デバイスがたくさんあります。その1つが心臓ペースメーカーです。知覚系では人工内耳があります」。フェルナンデス教授は説明する。

後者のデバイスはフェルナンデス教授がゴメスのために作った補綴具の聴覚バージョンだ。外部マイクと信号処理システムが内耳にあるインプラントにデジタル信号を送る。インプラントの電極が電流のパルスを近隣の神経に送ると、脳はそれを音として認識する。人工内耳は1961年に初めて患者に埋め込まれた。現在では人工内耳のおかげで世界中で50万人以上の人たちが毎日の生活の中で普通に会話している。

「ベルナルデータは最初の患者でしたが、今後数年の間に、さらに5人にインプラントを移植していきます」。フェルナンデス教授はゴメスをファーストネームで呼んでそう言った。「動物を使って同様の実験をしてきましたが、ネコもサルも自分に何が見えているのかを説明できませんから」。

ベルナルデータにはそれができた。

ベルナルデータの実験には勇気が必要だった。視力以外は健康な肉体に、どうしても危険が伴う脳外科手術をしなければインプラントを埋め込めないからだ。さらに、この装置は長期使用の認可が取れていないので、6カ月後には取り出す必要があった。

発作と眼内閃光

ゴメスに会った。彼女の声は実際の年齢より10歳ほど若く聞こえる。言葉使いは慎重で、語調は完全にスムーズ、口調は暖かく、自信があり、安定している。

フェルナンデス教授の研究室で最後に会ったときに …

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