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「バイラル」という言葉を使うのは、もうやめよう
Ms Tech | Pexels
Maybe it’s time to retire the idea of “going viral”

「バイラル」という言葉を使うのは、もうやめよう

「バイラル(viral)」という言葉はインターネット上で長らく使われてきた。だが、今後はこの比喩的な言葉の使い方を考え直す必要がありそうだ。 by Abby Ohlheiser2020.06.15

私たちは何年も前から、インターネット上で爆発的に流行ったものを、「バイラルした(gone viral)」という言葉で表現している。しかし、世界的な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックの最中にあって、特にバイラルなコンテンツが人々を死に追いやっている実際のウイルスに関するものである場合、「バイラル(ウイルス性の)」という言葉は別の意味合いを帯びてくる。話題が危険なデマや陰謀論的な考えを含む「バイラルな」コンテンツとなると、問題はさらに複雑になる。ソーシャルメディアの各プラットフォームが問題のコンテンツを削除しはじめる前に、フェイスブックやユーチューブで数百万回もの閲覧数を獲得したドキュメンタリー映画「プランデミック(Plandemic)」がその例だ。

ここ数カ月、私は「バイラルした」何かについて書いたり話したりするたびに、自分が別の言い方を模索していることに気づくようになった。すでに、この言葉を比喩的に使うことを、私たちはやめるべきではないかと考え始めていたが、そう考えているのは私1人ではないことが分かった。

辞書出版社メリアム・ウェブスター(Merriam-Webster)の辞書編集者であるピーター・ソコロウスキーは、「私もその表現を使うのをやめました」と教えてくれた。その後、ソコロウスキーは、インターネット的な意味の「バイラル」を使うことをやめている人が他にもいるかどうか調べてほしいと、同僚の計算言語学者ベン・メリシィに頼んだ。

メリシィはそれを調べるために、通常は生物学的ウイルスを指す4つの語句(ウイルス性疾患、ウイルス感染症、ウイルス負荷、ウイルス熱)と、通常はインターネット・コンテンツを指す4つの語句(バイラルする、バイラル・ビデオ、バイラル・ポスト、バイラル・フォト)を選んだ。メリシィはニュース記事の大規模なデータベースで、2020年1月1日から4月30日までの間にそれらの語句が出現した頻度を調べ、2019年の同じ期間と比較した。

その結果ははっきりしていた。2020年は「バイラル」を比喩的に使用する頻度が明らかに減少し、「ウイルス(virus)」を文字通りの意味で使用する頻度が大幅に増加した。メリシィは電子メールで、「新型コロナウイルス感染症のアウトブレイク以降、バイラル(viral)の使用頻度は全般的に上昇しました。増加の理由は、文字通りウイルスという意味で使う頻度が増えたからです」と説明してくれた。「そういう意味で、比喩的な使い方の使用頻度が減少したことは、余計に印象的だと思います」。

 

ベン・メリシィ/メリアム・ウェブスター

一見すると、これは当たり前のことのように思うかもしれないが、実はこの比喩的な使い方の使用頻度の減少は、当然の成り行きではない。ソコロウスキーは、ウイルス以外にも医学的または疫学的な語源を持つ数多くの言葉が、日常的な言語の中で元の意味や文字通りの意味と共存しているという。例えば「笑い」も「病気」も「うつりやすい(contagious/infectious)」。人々は、そのような語源を持っている言葉を自分が使っていることを意識していないだけだ。

ソコロウスキーは、「ビトリオル(vitriol:辛辣な言葉)という言葉を使う時、その言葉に火傷を引き起こす化学化合物が反映されていることを知っている人はほとんどいません」と述べる。ビトリオルはもともと、硫酸を表す言葉だった。しかし、「バイラル」は違う。ウイルス性もバイラルも、意味は関連しているが同じではない。「ウイルス性(viral)の感染症に関するバイラルな話」と言う時、私たちにはそれぞれの語句で使われている「バイラル」の意味が分かっている。ソコロウスキーは、「これら2つの言葉が、似通った文章の似通った文脈で使われているために、言葉の選択として不適切になることがあります」と述べる。

だが、私は「バイラル」の使い方について話しているうちに、現在の新型コロナウイルス感染症の感染状況が続くかどうかに関わらず、インターネット上のコンテンツを形容するのに「バイラル」が適切なのかどうかを問題視する理由があることに気がついた。

操られた人気

「バイラル」アウトレイジ、「バイラル」ビデオ、「バイラル」ポスト、「バイラル」モーメントは、インターネット文化が誕生した時から、その言語の一部になっている。バイラルという言葉自体はバイラル・マーケティングに由来しており、ソーシャルメディア以前の時代に、(選挙などで)誹謗中傷戦術を推進したり、クチコミを作ろうとしたりした広告代理店から始まった。だが、いったんオンラインに移行すると、 「バイラル性」は人々の関心を引くために作られた専門用語としての意味合いを失い、もっと一般的に使われる言葉になった。フラッシュ・アニメがそのおもしろさから拡散され、失敗動画が「他人の不幸は蜜の味」という感情を呼び起こすことから拡散され、洞察に満ちたブログ記事が拡散される、といった具合にだ。「バイラル」は共有したり、メディアに取り上げられたり、人々の注目を集めたりするに値する価値を持つことを、暗黙のうちに示す手段になったのだ。

だが、この新たに出現した本物の人気は、必ずしも本物ではない。アルゴリズムは、人々がコンテンツにのめり込んで拡散を加速させるように、コンテンツを仕立てることができる。人々は悪いものや潜在的に危険なものを拡散させるために、ソーシャルメディアの仕組みを操るのがとても上手になった。極端な意見やデマの流れを食い止める努力がなされているにも関わらず、人々の注目を他から奪うように作られた例は山ほどあり、相変わらずうまく機能している。今では、心の底ではみな操られているのに気づいているはずだ。

「プランデミック」が過激な反ワクチン活動家グループに端を発して拡散したのは、ソーシャルメディア文化の本来の機能を悪用した、コロナウイルス陰謀論者が計画的に人々の注目を集める仕掛けを仕組んだからだ。彼らは大成功を収めた。ここ数週間、反ワクチン派の有名人たちは、多くのフォロワーを持つ他のユーチューバーにインタビューすることで数百万回の閲覧数を稼ぎ、ロックダウン(都市封鎖)に対する右派勢力の怒りを煽るコンテンツを作成し、さらにユーチューバーたちの確立されたオンライン・ネットワークを利用して、コンテンツの幅広い共有を実現した。

「あなたを守ってくれるものは何もありません」

シラキュース大学のホイットニー・フィリップス助教授(コミュニケーション)は、デマや極端な考え方が増幅され、特にメディア報道を介して聴衆を増やしていく仕組みを研究している。フィリップス助教授は2020年に執筆したライアン・ミルナーとの共著で、例えば「汚染(pollution)」などの生態学的な比喩を使って、悪い情報が拡散するデジタル空間について説明している。

フィリップス助教授は、「私たちは今までとは違う方法で、情報のエコシステムについて考える必要があります」と話してくれた。「私たちが使う比喩は、私たちの責任に対する考え方の形成に役立つものです」。

フィリップス助教授は、「バイラル」はデマの拡散を例える絶好の比喩かもしれないと述べる。人々がデマを正しく扱っていれば問題ないが、「実際はそうではありません」という。特に問題なのが、トレンドになっているデマに関する記事を作成しているジャーナリストだ。

「私たちは、問題の外側に立っているかのように話す傾向があります。特定のデマキャンペーンに関する記事を書いている記者は、そのウイルスのキャリア(伝播者)になるのです」(フィリップス助教授)。そのデマを共有する人も同様で、情報を支持するのであれ、嘲笑するのであれ、非難するのであれ、同じことだ。言い換えれば、人々はインターネット上のデマがもたらす潜在的な害悪から、自分たちは守られていると思っているのかもしれない。しかし、多くの人々は、インターネット上のデマが壊滅的な被害をもたらす可能性のある空間に、その情報を持ち込んでいる無症状のキャリアなのだ。

フィリップス助教授は、「個人用防護具(Personal Protective Equipment:PPE)はありません」と述べる。「防護具は存在しません。デマについて書いたり読んだりする時に、あなたを守ってくれるものは何もないのです」。

そうだとすれば、「プランデミック」のようなものを「バイラル」と表現することに私が感じる違和感には、ある程度の根拠があるかもしれない。だがそれは、バイラルという言葉自体が悪いとか、本質的に無神経な比喩だという意味ではない(今となってはそう感じられるかもしれないが)。問題は、実際は私たちが「バイラル性」のある情報の拡散を手助けしているキャリアであるにも関わらず、バイラルな情報は自分がその一部とならずに観察でき、その情報を信じなければ、私たちが危険なデマの影響を受けないと自分に言い聞かせてごまかしていることなのだ。

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アビー・オルハイザー [Abby Ohlheiser]米国版 デジタル・カルチャー担当上級編集者
インターネット・カルチャーを中心に取材。前職は、ワシントン・ポスト紙でデジタルライフを取材し、アトランティック・ワイヤー紙でスタッフ・ライター務めた。
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