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3月危機を乗り越えた
インド・ケララ州に学ぶ
新型コロナとの戦い方
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What the world can learn from Kerala about how to fight covid-19

3月危機を乗り越えた
インド・ケララ州に学ぶ
新型コロナとの戦い方

インド政府の対応が後手に回る中、ケララ州は徹底した接触者追跡と社会的支援で新型コロナウイルス対策に当たっている。インドを襲った「3月危機」を乗り越えた州の対応から学ぶことは多い。 by Sonia Faleiro2020.06.03

3月7日、ヌー・プリチャリル・ババが電話を受けたとき、すでに日は沈んでいた。上司は「悪い知らせだ」と警告した。2月29日、ある家族が住んでいたイタリアからインドのケララ州に到着した。この3人は空港での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の自主検査を受けずに、タクシーで200キロメートル先のランニの町の自宅へ向かった。その後、すぐに症状が出始めても、病院には知らせなかった。イタリア・ベニスを出発して1週間後、中年の両親と成人している息子の3人全員が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の陽性反応を示し、高齢の親戚2人も感染していることが分かった。

ヌーは、ランニのパタナムティッタ地区を担当する公務員で、これまで洪水や宗教的な騒動に対して積極的に取り組んできたとして知られている。電話を掛けてきた上司は、州の保健次官だった。何日もの間、ヌーはこんな電話が掛かってくるのではないかと思っていた。ケララ州には長い移民の歴史があり、海外からの旅行者が絶え間なく流入し、新型コロナウイルスが蔓延していた。インドで最初の新型コロナウイルス感染症患者は、1月末に中国・武漢からケララ州に到着した医学生だった。電話のあった日の夜11時30分、ヌーは上司と政府の医師のチームとともにビデオ会議で戦略を練った。

会議の参加者には、致命的な伝染病と過去にも戦った経験がある者もいた。2018年、ケララ州は脳炎を引き起こすニパウイルス感染症の大流行に対処した。ニパウイルスは、新型コロナウイルスと同様、コウモリに由来し、人間に伝播した。そして、新型コロナウイルス感染症と同様、ワクチンも治療法もなかった。17人が亡くなったが、技術的な不足にも関わらず州の保健システムが潜在的な災害を抑制したとして、世界保健機関(WHO)は州のアウトブレイク対応を「成功事例」だと述べた。

だが、今回はもっと踏み込んだ迅速な対応が必要なはずだ。

午前3時までに、ヌーのチームはWHOが推奨する感染者に接触した人の追跡・隔離・監視計画を作り上げた。この計画はニパウイルスの感染拡大を抑えるために使われたもので、1月に新型コロナウイルスの感染が報告された医学生にも適用されていた。計画では、患者と相談し、患者の動きを図示して誰と接触したかを確認し、症状のある人を隔離する。

だが、1つ障害があった。感染した家族が「協力的ではなかったのです」とヌーはいう。3人はパタナムティッタ地区の病院に隔離されていたが、自分たちの行動をすべて明かそうとはしなかった。まるで恥ずかしがっているかのようだった。

この時点で、全国で31人が新型コロナウイルスに陽性反応を示していた。数は少ないが、ウイルスの動きは速く、1人の感染者が平均2〜3人に感染させていると考えられていた。

インドにとって悪いニュースだった。14億人の国民の多くは大家族で暮らしており、水道もないため、衛生的な環境の保持や、社会距離戦略(ソーシャル・ディスタンス)も難しい。医療制度が発達している国ですら、新型コロナウイルスに圧倒されている。インドの病院のベッド数は人口1000人あたり0.5床に過ぎず、3.2床のイタリアや4.3床の中国に比べると極めて少ない。また、人工呼吸器は全国で3〜4万台しかなく、検査キット、医療従事者用の防護具、酸素マスクも不足していた。ヌーや同僚に明らかだったのは、感染を制御するには、感染の連鎖を断ち切るしかない、ということだった。

大捜査

太い髪の毛をきっちりと横分けにしたヌー(40才)は、物腰の柔らかい男だ。医大生の妻と事務所の近くに暮らしている。2018年、20人以上の死者と2万戸以上の家屋に被害を出したパタナムティッタ地区の洪水で、救援活動を率いていたヌーは、夜は2〜3時間しか眠れなかったそうだ。ヌーを慕う人々が、「ヌー兄さんの箱舟」と名づけたフェイスブックのファンページを立ち上げた。

この経験によりヌーは、危機に陥った人の対処法だけでなく、人の心の読み方も学んだ。ヌーは、ランニ出身の感染した家族が気難しいと判断した。したがって、3人に頼るのではなく、昔ながらの警察のような捜査手法とテクノロジーを駆使して、3人が訪れた場所と接触した人物を突き止めようとした。

ヌーは、50人の警察官、救急隊員、ボランティアを集めてチームに分け、キーとなる家族の1週間の動きを追跡するため、捜査に乗り出した。パタナムティッタ地区の担当職員が家族の住所や名前を聞いてはいたが、ヌーの対策本部は、家族の携帯電話から得たGPSデータ、空港・道路・店舗で撮影された監視カメラの映像を使って非常に多くの情報を得た。

数時間のうちに、家族から聞いていた以上の一家の動きが分かってきたが、その内容に驚いた。ケララ州に到着してから7日間、一家は人が密集している場所を転々としていた。銀行、郵便局、パン屋、宝石店、複数のホテルなどを回り、警察では書類作成を手伝ってもらってさえいた。

州政府の支援

その夜、ケララ州のKKシャイラージャ保健相が州都から到着した。元理科教師の彼女は、拡大する危機に迅速かつ効率的に対処しており、すでに高い評価を得ていた。メディアからは「コロナウイルス・キラー(Coronavirus Slayer)」と呼ばれていた。

1月当時、インド国内の他の地域は英国や米国などの国々と同様に、2カ月間は移動制限などの厳しい措置を採用しないと予測されていた。一方で、シャイラージャ保健相は1月、乗客のスクリーニングを開始するようにケララ州内の4つの国際空港に命じた。症状のある人は全員、政府の施設へ送られ検査と隔離が実施された。検体は1100キロメートル離れた国立ウイルス研究所(National Institute of Virology)に空輸された。2月までに、シャイラージャ保健相はケララ州全域の警察や州の職員と調整し、24人の対応チームを編成した。

この対応は他の州では異例だが、ケララ州は頻繁に他の州とは違う動きをする。インド南端の沿岸に位置する小さなケララ州は、共産主義思想が根付いており、共産党を中心とした左翼連合によって統治されている。

近年、インドの …

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