英国国民健康サービス(NHS)が運営するロイヤル・ボルトン(Royal Bolton)病院のリズワン・マリク主任放射線科医は、前々から人工知能(AI)に関心を持っていた。AIを使えば自分の仕事がもっと楽になる可能性があると思ったのだ。マリク医師の勤めている病院では、患者は専門家によるX線画像診断を6時間以上待たなければならないこともしばしばだった。AIベースのツールによる第一見解を緊急治療室の医師が得ることができれば、待ち時間を劇的に短くできるかもしれない。専門家は後で、より詳細な診断をしてAIシステムの見解をフォローアップすればよい。
2019年9月に、マリク医師はAIの可能性を示す保守的な臨床試験の計画作成に着手した。ムンバイを拠点とする企業、キュアAI(Qure.ai)が開発したAIベースの胸部X線画像システム「qXR」に目星を付け、6カ月にわたって試験することを提案したのだ。試験期間中は、マリク医師の研修医が扱うすべての胸部X線画像について、qXRがセカンド・オピニオンを提供する。その意見がマリク医師の意見と常に一致するようであれば、研修医による診断のダブルチェック用にこのシステムを恒久的に少しずつ導入する。複数の病院とNHSの委員会およびフォーラムによる4カ月にわたる審査の後、マリク医師の提案はついに承認された。
だが、臨床試験を開始する前に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の猛威が英国を襲った。特別な関心として始めたものが、突如として天啓のように思えた。初期の研究により、最も重い新型コロナウイルス感染症の患者の胸部X線画像には、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)性の肺炎に起因する明確な肺の異常が見られることは分かっていた。そして、PCR検査の不足と遅れが相まって、胸部X線画像による診断は、医師が患者をトリアージするための速くて安価な方法の1つとなっていた。
数週間のうちにキュアAIは新型コロナウイルス感染症による肺炎を検知するようにqXRを改造した。マリク医師は新たな臨床試験を提案し、単に人による診断をqXRにダブルチェックさせるのではなく、第一診断をさせようにした。通常であれば、ツールと臨床試験の両方を改訂したことでまったく別の承認プロセスが新たに始まったはずだ。だが、数カ月の時間を割く余裕はないため、病院は修正された提案にすぐさまゴーサインを出した。「医学部長から『いいかい、もし君がいいと思うなら、どんどんやるんだ』というようなことを言われました」とマリク医師は回想する。「『その他諸々については、事が終わった後に私たちが対処する』とも」。
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な流行)に対応するため、AIに注目している医療施設は世界中で増え続けている。ロイヤル・ボルトン病院もその1つだ。AIに注目する施設の多くはスタッフ不足と圧倒的な患者数に追い詰められている。並行して、多くのAI企業が、今回の危機の後も続くであろう新たな顧客関係を築くことで利益を得ることを期待して、新たなソフトウェアを開発したり既存のツールを改良したりしている。
つまり、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは医療へのAI採用の玄関口と化しており、チャンスとリスクの両方をもたらしている。一方では、医師と病院に有望な新テクノロジーを急速に進めるよう後押ししている。しかし一方では、プロセスが加速され、吟味不足のツールが規制プロセスをかいくぐって使われるようになれば、患者を危険にさらすことになりかねない。
「ざっくり言うと、医療へのAI採用には非常に心躍るものがあります」とカリフォルニア大学サンディエゴ校保健学科のクリス・ロングハーストCIO(最高 …