ここ数週間、ドナルド・トランプ大統領は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のアウトブレイクを「目に見えない敵」による「侵略」と呼び、自らを「戦時下の大統領」と何度も呼んできた。ホワイトハウスが広く伝えようとしているメッセージは明確だ。つまり、米国は新型コロナウイルス感染症と戦争中である、ということだ。
新型コロナウイルス感染症との戦いを戦争に喩えた政治家はトランプ大統領だけではない。3月17日、マサチューセッツ州のエドワード・マーキー上院議員はボストングローブ(Boston Globe)紙に署名入りの論説を共同執筆し、「マンハッタン計画型のアプローチ」(マンハッタン計画は第2次世界大戦中に米国が主導して実施した原子爆弾開発プロジェクト)を採って、人工呼吸器、防護マスク、検査キットといった不可欠な医療器具の全国的な不足に対処する必要があると呼びかけた。
「マンハッタン計画が原子爆弾の開発という壮大な取り組みの中で学術界や科学、産業、軍事、そして政府の専門知識を積極的に取り入れたように、広範囲に渡る協働作業体制を組織することで有意義な結果を生み出せるのではないか」。マーキー上院議員はマサチューセッツ総合病院のピーター・スラビン院長とともにこう述べている。
だが、本当に米国が戦争をしているのならば、勝利を収めているようには見えない。戦いは国中の医療施設の内部で激化する一方だし、最前線で戦う人たちは本来必要なはずの「防護なし」での戦いを強いられている。敵の攻撃で政府は醜態をさらし、戦いはまだ始まったばかりだというのに、国はすでに重要な物資を切らしかけている。
これが本当に戦時体制だったとしたら、米国はどうなるのだろうか?
適切な準備、そして問題回避
最初にすべきことは、準備体制を正しく整えることだったはずだ。戦いに必要な装備や補給物資を確保し、いつでも使える状態にしておくべきだった。
3月の時点で、病床や人工呼吸器が不足し、新しい人工呼吸器を数多く早急に製造する必要が出てくるとの悲観的な予測があった。トランプ大統領は、産業界を動員して人工呼吸器を製造させることを強く迫られた。
これを大々的に実行できる方法があった。話題になった「国防生産法(DPA)」だ。70年前の戦時中に作られたこの法律の下では、大統領はメーカーに製品を低価格(多くの場合は原価)で政府に納入させ、さらに政府からの注文を優先して生産させる権限を持つ。また、同法に則れば、必要に応じて「増産」のための生産設備に政府が資金提供することもできる。この法律は特に国家安全保障上の脅威に対処することを目的としたものだが、その権限の定義は広く、パンデミックへの対応を含むことは十分に可能だ。
だが、政治的立場の違いからDPAの行使が党派対立へと発展し、米商工会議所といった経済活動重視派の団体がDPAの発動に反対するようになった。これが危険な遅延を引き起こし、トランプ大統領がDPAを社会主義と比較して「しぶしぶ」発動させたのは、3月18日のことだった。トランプ大統領は「ベネズエラ人に、企業を国有化した結果どうなったか聞いてみるといい」と 3月22日の記者会見で発言している。「良くはないでしょう」。
だが実際には、連邦政府はDPAを常習的に利用している。国防総省は国の戦略的備蓄品を積み上げるのにDPAを利用しており、連邦緊急事態管理庁(FEMA)はハリケーンの対応に利用している。昨年はトランプ政権自体が「重要鉱物サプライチェーン及び防衛産業基盤の強化」の目的で同法を発動している。重要鉱物は米国の武器システムで使用されているものの、その大半が中国で生産されている。
「国防総省と契約する企業にとって、DPAの規定は『標準仕様』と言えるようなものです」。こう語るのは、ビル・クリントン政権で国防次官補を務め、DPAの執行を担ったジョシュア・ゴットバウムだ。民間企業を国有化するような法律ではないため、DPAに対するトランプ政権のアプローチは「奇妙」だという。
重要なことに、国防生産法は通常は潜在的な危機(戦時計画もその一部)が「予測された」際に使われるものであり、大災害への対応策として使われることは珍しい。ウイルスが米国にも広まる兆候が最初に示されたときすぐに、政府は連邦備蓄増強プロセスを始めるべきだったとゴットバウム元次官補はいう。つまり、1月に始めるべきだったのだ。だが政府はそれをやらずに何カ月も待ち、結局最後になってDPAを持ち出してきた。
最終的に、ホワイトハウスと米国はうまく弾丸をかわしたようだ。広範な社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)措置が功を奏したみられ、最新の予測では、人工呼吸器の需要は2週間前と比べてもはるかに少ない数字となっている。これまで国主導で新たに人工呼吸器を製造する必要があると思われていた …