KADOKAWA Technology Review
×
経済再開への切り札
「免疫パスポート」が
まだ早すぎる理由
-
生物工学/医療 無料会員限定
Why it’s too early to start giving out “immunity passports”

経済再開への切り札
「免疫パスポート」が
まだ早すぎる理由

抗体検査で新型コロナウイルスへの免疫が証明された人に「免疫パスポート」を交付するというアイデアに期待が寄せられている。だが、専門家からは時期尚早との声もある。 by Neel V. Patel2020.04.20

今から数週間または数か月後に、自宅に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の検査キットが送られてきたと想像してみよう。小型で持ち運びができ、かなり簡単に結果を判定できる。糖尿病患者の血糖値測定のように指に刺し傷をつけて、15分くらい待つと……なんと新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する免疫の有無が分かるのだ。

免疫があるなら、それを証明する政府発行の文書を要求することができる。これが「免疫パスポート」である。免疫パスポートがあれば、自由に家から出て、職場に戻り、日常生活のあらゆる活動に参加することができる。日常生活の多くは、あなたのような「パスポート所有者」の後押しで再開し始める。

かなり興味を引かれるのではなかろうか? このアイデアを真剣に検討している国もある。ドイツの研究者は、今後数週間かけて国民に何十万件分という抗体検査キットを送り、SARS-CoV-2に対する免疫の有無を確認し、十分健康で社会に戻ることができる人を証明したいと考えている。1750万件分以上の家庭用抗体検査キットを備蓄している英国では、これと同様の大規模検査を実施する公算が高まったが、この抗体検査は精度が不十分で有用ではないかもしれないという懸念を表明した科学者たちから、厳しい視線が注がれることとなった。多くの国は、何週間も閉じ込め状態になっている国民からの圧力が高まるにつれ、完成が不確実なワクチンを12~18か月待つことなく、厳しい社会的距離戦略(Social distancing)から抜け出す方法を模索している。

免疫検査とはどのような仕組みなのだろうか? 新型コロナウイルスに感染した直後は、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査を使って、気道内にあるウイルスの証拠を探すことができる。PCR検査は、ウイルスの遺伝物質を大幅に増やすことで機能するので、その遺伝物質がどのウイルス由来のものかを確認することができる。しかし、免疫システムがウイルスを退治してから数週間~数カ月経った後では、抗体を検査する方が適している。

ウイルスへの曝露から6~10日ほどで、ヒトの体はSARS-CoV-2が持つタンパク質に特異的に結合して反応する抗体を作り始める。最初に作られる抗体は免疫グロブリンM(IgM)と呼ばれるが、これは短命であり、わずか数週間のみ血流にとどまる。免疫システムは抗体を洗練させ、感染から数日も経てば、より特異的な免疫グロブリンG(IgG)とA(IgA)を作り始める。対応する病原体にもよるが、IgGは血液中にとどまり、数カ月、数年、あるいは一生の間、その病原体に対して免疫を持ち続けることができる。

COVID-19から回復した人の血液には、おそらくIgM、IgG、IgAの抗体があるはずで、それらの抗体が次のSARS-CoV-2感染から身を守ってくれるであろう。ヒトが免疫を持っている(そして将来的に免疫パスポートをもらえる資格がある)ことの把握は、採血してこれら抗体の証拠を見つける血清検査にかかっている。血清検査で抗体があることが分かれば、理論的にはその人は安全で、再び外出して経済活動を行なうことができる。単純な話だ。

しかし、実際はそれほど単純ではない。検査で免疫状態の判別を試みることに関しては、いくつかの深刻な問題がある。たとえば、SARS-CoV-2に対するヒトの免疫がどのようなものであるか、免疫はどのぐらいの期間持続するのか、免疫反応は本当に再感染を防ぐのか、症状が消えてIgG抗体ができた後でも人に感染させる可能性があるのかなどについては、ほとんどのことが分かっていない。免疫反応は罹患者によって大きく異なるが、その理由はまだ分かっていない。遺伝的なことが関係している可能性もある。

「私たちはこのウイルスのことを知ってまだ4カ月です。データはまだまだ不足しています」と、ボストン大学で国際保健を教えるドナルド・シーア教授はいう。

SARSを引き起こし、そのゲノムがSARS-CoV-2のゲノムに約76%類似しているSARS-CoV-1ウイルスでは、最長3年間持続する免疫が発生するようだ。一般的な風邪の症状を引き起こすその他のコロナウイルスでは、持続期間がはるかに短い免疫が発生するが、それらのウイルスを詳細に研究する緊急性はずっと低いので、おそらく限られたデータしかないだろうとシーア教授は語る。現時点では、SARS-CoV-2の免疫持続期間がどの範囲に該当するかを判断するのは時期尚早だ。

SARS-CoV-2抗体に関するデータがないにも関わらず、米国および世界中の何十もの団体が、COVID-19の抗体検査を開発している。その多くは、臨床現場や家庭でできる簡易検査で、ほんの数分で結果が分かる。米国のスキャンウェル・ヘルス(Scanwell Health)は、中国企業イノヴィタ( Innovita)から抗体検査のライセンスを取得した。この検査では、指に針を刺して採取した血液検体から、SARS-CoV-2のIgMおよびIgG抗体を見つけることができ、13分で結果が判明する。

抗体 …

こちらは会員限定の記事です。
メールアドレスの登録で続きを読めます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
人気の記事ランキング
  1. What’s on the table at this year’s UN climate conference トランプ再選ショック、開幕したCOP29の議論の行方は?
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。2024年受賞者決定!授賞式を11/20に開催します。チケット販売中。 世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を随時発信中。

特集ページへ
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版

「ブレークスルー・テクノロジー10」は、人工知能、生物工学、気候変動、コンピューティングなどの分野における重要な技術的進歩を評価するMITテクノロジーレビューの年次企画だ。2024年に注目すべき10のテクノロジーを紹介しよう。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る