粉ミルクの肥満・糖尿病リスクは生物工学で解決できるか?
生命の再定義

Startup Tries to Improve Infant Formula by Using Human Proteins 粉ミルクの肥満・糖尿病リスクは生物工学で解決できるか?

ヒトの母乳には1600種類のタンパク質が含まれており、幼児の成長に合わせて変化する。そんな人工乳は製造できないが、少しは近づけるかもしれない。 by Christina Couch2016.12.28

母乳は乳児の必要に応じてカスタマイズされる、ほぼ完璧な食品だ。乳児用調製粉乳(粉ミルク)は品質面で母乳に劣っており、科学者は差を縮めようとしてはきたが、保健衛生面での差は残る。たとえば、いくつかの(全てではない)研究によれば、粉ミルクで育てられた乳児の肥満と糖尿病のリスクは、母乳で育てられた乳児よりも高い。

粉ミルクが母乳にあと一歩近づけない理由は、ヒトの母乳が複雑で、1600種類以上のタンパク質を含んでおり、そのうちの何種類かのタンパク質は、乳腺に留まるにつれて進化するからだ。一方で、ほとんどの粉ミルクの主要原料である牛乳には、ずっと少ない種類のタンパク質しか含まれていない。

サンフランシスコのスタートアップ企業バイオナセント(BioNascent)が、生物工学によってこの差をなくそうとしている。2016年2月に起業したバイオナセントは、粉ミルクに含まれるウシのタンパク質を、酵母菌と菌類にヒトの遺伝子を導入する方法で実験室製のヒトのタンパク質に置き換える。バイオナセントはすでに、α-ラクトアルブミン(母乳に含まれる全タンパク質のうち20〜30%を占めるが、牛乳のタンパク質のたった約3%しかない)の再現に成功したという。

バイオナセントのクレイグ・ルースキー最高経営責任者(CEO)兼最高科学責任者は、α-ラクトアルブミンを実証実験の対象タンパク質に選んだのは分子が単純だからだという。ルースキーCEOは、遺伝子組み換えタンパク質テクノロジー分野で15年間の経験がある分子生物学者で、2014年には今回と同様の手法で、ウシのタンパク質を研究室で作られた同一のタンパク質で置き換え、ウシ由来ではないチーズを作る別のプロジェクト「リアル・ビーガン・チーズ」を発表した。

バイオナセントのために、ルースキーCEOはα-ラクトアルブミンでヒトのタンパク質も研究室で製造できることを証明し、駆け出し企業が米国食品医薬品局(FDA)の高価な認可手続きを切り抜け、十分な商業的投資を得られるようにしたい。もしバイオナセントの模造タンパク質が認可されれば「FDAから食品成分としての認可を受ける、ヒトの遺伝子を組み換えた初のタンパク質になります」とルースキーCEOいう。「過去に同じことをしようとした多くの人は、FDAにデータを提出し、却下されてきました」

FDAの広報担当者は、バイオナセントのタンパク質が食品成分として認可される初の模造ヒト・タンパク質になるかどうかについてはコメントしなかった。ヒトの遺伝子組み換えタンパク質は医療目的での使用は認可されており、現在いくつかの医薬品の成分になっている。

FDAの認可を受けるためには、ルースキーCEOは、バイオナセントのタンパク質が人体で生成されるタンパク質の完全な複製物であり、人体がタンパク質を拒否反応なしに受け入れると証明する必要がある。またバイオナセントはヒトの遺伝子組み換えタンパク質を摂取することが安全だという他の研究者による証拠を得る必要もある。この証拠は現在まだ存在しない。

バイオナセントは、粉ミルクの保健衛生面の差をなくすために重要だと信じる14のタンパク質を選び出しており、今後、順に安全を確認する。バイオナセントは2カ月以内にふたつめのタンパク質を生成したいという。

牛乳を中心に研究するカリフォルニア州立大学デービス校のJ. ブルース・ジャーマン教授(食品化学)は、ウシのタンパク質をヒト由来のタンパク質に置き換えることは、保健衛生面でおそらくよい効果があるものの、どれだけの影響があるかは明らかではないという。

ジャーマン教授は「理論上は、粉ミルクに人間のタンパク質があればあるほどよい」が、厳密には母乳の何が保健衛生面でよい効果があるのか、ほとんどわかっておらず、ほんの少量のタンパク質を変えることでどのような影響があるか予測するのはとても難しい、という。もしバイオナセントが乳児の成長過程のいくつかの段階に典型的な母乳と同量のヒトのタンパク質を含む粉ミルクを製造できれば「現在の乳児用粉ミルクから大きな変化をもたらすでしょう」とジャーマン教授はいう。

それでも、タンパク質を置き換えるだけで、粉ミルクと母乳は同等にならない。ジャーマン教授によれば、母乳はそれぞれの乳児に合うようにカスタマイズされ、母親によって異なり、また乳児が徐々に成長する必要に応じて成分が変化するからだ、という。たとえば、乳児が病気になると、母親はその感染症と戦うためにカスタマイズされた抗体を含む母乳を作るのだ。

「どれだけ巧みに操作されたとしても、酵母菌がよい乳腺になることは決してありません」とジャーマン教授はいう。「革張りの自動車用ハンドルの工場がフェラーリを製造しているとはいわれないのと同じです」

ルースキーCEOは、生物工学によって作られた調製粉乳が母乳と同等になるとは考えていないが、調製粉乳が母乳に少し近づけるとは考えている。当面、ルースキーCEOはこのアイデアを試してみるための十分な資金を集めたいのだ。

「弊社の2つの主要目標は、生き延びて、次のタンパク質を製造することです」とルースキーCEOはいう。