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新型コロナ対策で英政府が模索した「集団免疫」とは何か?
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What is herd immunity and can it stop the coronavirus?

新型コロナ対策で英政府が模索した「集団免疫」とは何か?

英国のボリス・ジョンソン首相が打ち出した新型コロナウイルスに対する「集団免疫」戦略は科学界からの猛反発を受け、修正を余儀なくされた。集団免疫とは何か? by Antonio Regalado2020.03.22

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を永久に食い止める方法は大きく分けて3つある。第1の方法は、人々の自由な移動や集会を極端に制限する一方で、積極的に検査を実施して感染を完全に防ぐことだ。今やウイルスは100か国以上に広がっているため、この方法には無理があるかもしれない。第2の方法は、すべての人を感染から守れるようなワクチンだが、開発途上である。

第3の方法にも効果があるかもしれないが、想像するのは恐ろしい。その方法とは、十分な人数が感染するまで待つというものだ。

ウイルスが感染拡大を続け、最終的に多くの人が感染して(生き延びた上で)免疫ができれば、ウイルスは新たな宿主を見つけるのがどんどん難しくなり、アウトブレイクはおのずと止まるだろう。このような現象を「集団免疫」と呼ぶ。

とどまるところを知らない新型コロナウイルスの広範囲にわたる感染拡大は、専門家が想定する最悪のシナリオと一致する。専門家によれば、このウイルスに関する知見を考慮すると、最終的には世界人口の約60%が感染する可能性があるという。

この割合は当て推量などではない。新型コロナウイルスに対して集団免疫が作用し始めると疫学者が述べているタイミングに基づくものだ。

3月13日、ボリス・ジョンソン首相が「じっと耐えて感染症の自然の成り行きに任せる」ことが英国の正式な対処法になるかもしれないと表明した後、集団免疫という考え方が大きな話題となった。英国政府のパトリック・バランス主席科学顧問は、国内で「新型コロナウイルス感染症への免疫を持つ人を増やして感染を抑えるために、ある種の集団免疫を形成」する必要があると述べた。

3月16日にはオランダのマルク・ルッテ首相も同様の見解を示し、「ウイルスの感染拡大を遅らせると同時に、制御された方法で集団免疫を形成できる」と語った。

しかし、最新の予測モデルによれば、ただちに集団免疫を目指すのは悲惨な方策になる可能性があるという。非常に多くの人々が重症になり、病院やICUを必要とする患者が急増するため、病院機能が麻痺してしまうのだ。英国は先週、集団免疫を目指す代わりに、集会の自粛要請など、ウイルス感染の拡大阻止の努力を強化すると表明した。感染の広がりを遅らせれば医療体制に余裕が生まれ、人命も助かるが、最終的な結果は変わらない可能性もある。すなわち、パンデミック(世界的な流行)期間を引き延ばしたとしても、終息させるには集団免疫が必要になるかもしれないということだ。

英国政府に批判が寄せられた後、マット・ハンコック保健相が明言したように、「集団免疫は私たちの目標や政策ではなく、科学的概念」なのだ。

それでは、集団免疫とはいかなるものなのか?

In a simple model of an outbreak, each case infects two more, creating an exponential increase in disease. But once half the population is immune, an outbreak no longer grows in size.
アウトブレイクの単純なモデルにおいては、それぞれの症例から2件の感染が起き、その後指数関数的に増加する。しかし人口の半数に免疫ができれば、規模が拡大することはなくなる

十分な人数がウイルスへの耐性を獲得すれば、感染力を持つ人の数が足りなくなるので、感染拡大は自然に止まる。それゆえ、集団内の多くの人に免疫がないにもかかわらず、「集団」として免疫ができる。

新型コロナウイルスの感染1件当たりの死亡率は1%程度と推定される(PDF資料)。この割合も定かではなく、病院に緊急搬送された患者の死亡率はもっと高い。新型コロナウイルスに数十億人が感染するという想定は恐ろしいものだが、近年の別のアウトブレイクにおいても集団免疫が現れた証拠がある。

蚊媒介感染症のジカウイルスの例を見てみよう 。この感染症は、新生児の先天性異常との関連が見られたため、2015年のエピデミック(局地的な流行)はパニックを引き起こした。

しかし、2年後の2017年には、ジカウイルスをそれほど心配する必要はなくなった。ブラジルのある研究では、北東沿岸部の街サルバドールで血液サンプルを調べたところ、人口の63%がすでにジカウイルスと接触していたことが分かった。研究チームは、集団免疫が感染拡大を止めたと推測している。

ワクチンが広く接種された場合や、稀な感染症の新症例を「包囲するように」接種された場合にも、集団免疫が形成される。天然痘のような病気が根絶されたり、ポリオがほぼ根絶されているのも、ワクチンによる集団免疫形成が理由である。今回の新型コロナウイルスに対してもさまざまなワクチン開発作業が進んでいるが、完成までには1年以上かかる可能性がある。

ワクチンが完成したとしても、ワクチンメーカーは、どちらが先に人間集団を守れるかという競争で、自然界に負けるかもしれない。2017年、製薬企業サノフィ(Sanofi)が資金の枯渇によって開発中のジカワクチンから静かに手を引いた際も、それが部分的な理由となった。もはや、利益の見込める市場が存在しなかったのだ。

今回のコロナウイルスは新型であるため、免疫を持つ人間は存在しないと思われる。そのために感染が広がり、かなり重症化した例も出ている。

集団免疫が根付くには、感染した人がウイルスに耐性を持つ必要がある。これは多くのウイルスに見られる現象だ。多くの場合、感染後に回復した人は、免疫系でウイルスに負けない抗体がつくられるため、同じ感染症に再度かかることがない。

およそ8万人が新型コロナウイルス感染症からすでに回復しており、耐性を獲得したと考えられる。しかし、どれだけ免疫があるかは不明だ。「免疫ができていなかったとしたら驚くでしょうが、それほど驚くべきことでもないかもしれません」。メリーランド大学で感染症研究に従事するマイロン・レビン教授はそう語る。インフルエンザウイルスなど、いくつかのウイルスは変異し続ける方法を見出しているため、そのような季節性ウイルスに対する人間の免疫は完全ではない。

集団免疫を獲得する時期は?

人類が集団免疫を獲得するタイミングとウイルスの拡大傾向の間には数学的な関連が見られ、基本再生産数「R0(アールノート)」で表される。新型コロナウイルスの基本再生産数は2~2.5と推定されている(PDF資料)。つまり、感染を止める手段がない場合、1人の感染者から2人程度に感染するということだ。

集団免疫のしくみを想定するには、感染しやすい集団において新型コロナウイルス感染症の症例が「1、2、4、8、16…」と拡大していく状況を考えるとよい。しかし、人口の半数に免疫ができれば、それらの感染の半数は発生しないことになり、感染の速度が実質的に半減する。英国のサイエンス・メディア・センターによれば、その結果、拡大の割合は「1、1、1、1…」と下火になる。感染率が1未満になればアウトブレイクは終息する。

新型コロナウイルスの現在の感染率は通常のインフルエンザよりも高く、これまで時折世界を席巻してきた新型インフルエンザと同じようなレベルだ。「新型コロナウイルスは、1918年に大流行したインフルエンザに似ています。今回のパンデミックが終息するには、世界人口の半数近くが免疫を獲得する必要があることが示唆されます。その手段は、まだ開発中のワクチンか、自然な感染によることになります」 。ハーバード大学で感染症研究に従事するマーク・リプシッチ教授は3月12日、映像を通じて専門家会議でそう語った。

集団免疫獲得のためには 、ウイルスの感染力が強いほど、免疫を持たなくてはならない人数も増える。感染力が最大レベルのはしか(R0は12以上)の場合、耐性を持たない無防備な人々が集団免疫の恩恵を受けるには、約90%の人数が耐性を持つ必要がある。そのため、はしかワクチンを接種しない人が少数だったとしても、新たなアウトブレイクが発生する可能性がある。

同様に、もし新型コロナウイルスが専門家の想定よりも容易に広がるのであれば、集団免疫を獲得するまでに要する感染者数が増えることになる。最も単純なモデルに従えば、例えばR0が3の場合、集団免疫が機能するには人口の66%が免疫を獲得する必要がある

割合が50%でも60%でも80%でも、それは世界中で数十億人が感染し、数百万人が死亡することを意味する。しかし、パンデミックの拡大ペースが遅くなれば、新たな治療法やワクチンが効果を上げる機会が増す。

現在、英国で確立された最新の疫学的モデルでは、ウイルスの積極的な「抑制」を推奨している。強く促されている基本的な方策は、感染者を隔離し、社会的な接触を75%減らし、学校を閉鎖することだ。経済的なコストがかかるこれらの方策は何か月も続く可能性もある。

「感染が抑制されるということは、集団免疫が形成されないということです」。インペリアル・カレッジ・ロンドンでアウトブレイクの新たな予測モデルの構築を主導した疫学者アズラ・ガーニ教授はそう語る。「感染がかなり低いレベルに抑えられているからこそ、そうした方策を続けなければならない」という矛盾が存在するのだ。

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MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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