中国が封じ込めに苦戦している新型コロナウイルスに世界中が警戒している。「SARS-CoV-2」と名付けられたこのウイルスの感染拡大を防ぐため、中国は大都市を丸ごと封鎖し、米国は中国での滞在歴のある外国人の入国を全面的に禁止した。衛生当局は、ウイルスの感染経路と患者の治療法を把握しようと必死だ。
そうした中、別の角度から新型コロナウイルスの研究を急いでいるのが、ノースカロライナ大学のある研究室だ。この研究室では新型コロナウイルスを人工合成しようとしている。それもゼロから。
コロナウイルスの粒子の表面には細胞侵入に大きな役割を果たす突起があり、突起の外観が王冠(コロナ)に似ていることから、その名がついた。ノースカロライナ大学のコロナウイルス専門家であるラルフ・バリック教授が率いる研究チームは、中国の研究所が2020年1月にオンラインで公表した新型コロナウイルスの遺伝子コードをコンピューターで読み取り、その遺伝子コードだけを元にして新型コロナウイルスを人工合成する計画だ。
遺伝情報を元にウイルスを「人工合成」するという離れ業を可能にしているのは、IDT(Integrated DNA Technology)やツイスト・バイオサイエンス(Twist Bioscience)、アトゥム(ATUM)などの、カスタムDNA分子を受託合成する企業だ。数千ドルの費用をかけて適切な遺伝子を注文し、その遺伝子をつなぎ合わせてコロナウイルスのゲノムを合成する。そして、細胞にその合成DNAを導入すれば、ウイルスを復元できるのだ。
オンライン注文で入手したDNAから致死性ウイルスを作れることが初めて実証されたのは、20年前のことだ。バイオテロが懸念されるため、企業は誰がどの遺伝子を注文しているのかを注意深く監視している。一方、人工合成ウイルスの設計図は、研究者にとっては治療法やワクチン、突然変異による毒性の高まりを研究するための有効な手段となるため、突発するアウトブレイクに対応する上では重要な役割を持つ。
人工合成ウイルスが自然発生ウイルスよりも有用な場合
ノースカロライナ大学でバリック教授が率いる研究室は、ウイルス工学を専門としている。この研究室は以前、まったく新しいコロナウイルスを合成してマウスに感染させる研究をめぐって米国政府機関と対立したことがある。米国国立衛生研究所は2014年に、研究のリスクが高すぎるという理由で、バリック教授の研究室を含む複数の研究室への資金提供を凍結した。しかし、後に資金提供は再開された。
バリック教授は1月、中国の新型コロナウイルスと一致するDNAをメーカーに注文したと、電話インタビューで語った。バリック教授の研究チームはまず、オンラインで新型コロナウイルスの遺伝子配列を調べた。そして、部分的に異なるいくつかの遺伝子配列を比較し、それらの配列に共通する「コンセンサス」配列の合成を依頼した。
バリック教授は注文したDNAが届いたら(1か月かかるかもしれない)、その遺伝情報を細胞に導入する予定だ。すべて計画通りに進めば、細胞は感染性のあるウイルス粒子を作り始めるはずだ。
危機的な感染症が流行している国から直接ウイルスを入手できない場合でも、科学者は病原体を人工合成することで、そのウイルスを研究できるようになる。バリック教授によると、患者から採取した生ウイルスのサンプルを中国から手に入れるのはまだ難しいという。「ウイルスの人工合成は、医学研究コミュニティが新たな脅威に対抗するための、最先端の戦い方なのです」(バリック教授)。
基本的に、自然発生ウイルスと人工合成ウイルスの間に違いはないはずだ。しかし、人工合成ウイルスの場合、「我々が持っているDNAのコピーを元に、遺伝的に同一のウイルスを何度も繰り返し作成できます」と語るのは、ノースカロライナ大学でバリック教授と共同研究している研究者のティモシー・シアン助教授だ。DNAコピーを元に、科学者は遺伝子を削除したり追加したりして、ウイルスの感染拡大の原因やヒト細胞への侵入方法などを解明できる。シアン助教授は、人工合成した新型コロナウイルスをマウスに感染させて、さまざまな薬を投与して何が有効かを確 …