米軍が本気で取り組む
「心を読む機械」の現在
米軍は「心を読む機械」を真剣に実現しようとしている。目標は、考える速度でドローンを操縦することだ。米国国防先端研究計画局(DARPA)が1億ドルを投じるプログラムでは、脳コンピューター・インターフェイス(BCI)のさまざまな手法が試されている。 by Paul Tullis2020.07.14
2019年8月、カーネギーメロン大学の3人の大学院生が、窓のない小さな地下の研究室に集まり、急ごしらえの3Dプリンター用のフレームを使って、マウスの脳の断片に電気ショックを与えていた。
海馬から切り取った脳の断片は、薄くスライスしたニンニクのように見える。マウスの脳は、奇妙な装置の真ん中近くの台に置かれ、細いチューブから流される塩・ブドウ糖・アミノ酸の溶液に浸っていた。溶液の中でマウスの脳は生き続け、スライスされて切片化された脳の中ではニューロンが発火し続けているため、データの収集ができる。マウスの脳の下に並べられた多くの電極が脳に電気ショックを与えると、注射器のような金属の探針がニューロンの反応を測定する。明るいLEDランプがシャーレを照らしている。この装置は、学生たちの言葉を借りれば、「ハッキー(洗練されていない)」なものだ。
装置の横にあるモニターは、刺激と反応を表示している。電極から発せられる電気ショックの数ミリ秒後、ニューロンは発火する。その後、学生たちは脳の断片と電極の間に人間の頭蓋骨と同じ電気的・光学的特性を持つ材料を置き、疑似頭蓋骨を通してマウスの海馬を刺激できるか確認する。
実験の目的は、頭蓋骨を切り開いて繊細な脳組織に直接触れることなく、人間の脳内の信号を検出して、操作することだ。最終的には、ヘルメットやヘッドバンドのように手術をせずに着脱できる、正確かつ高感度な脳・コンピューター・インターフェイスの開発を目指している。
人間の頭蓋骨の厚さは1センチメートルに満たない。正確な厚さは人によって、また頭蓋骨の場所によって異なる。頭蓋骨は、電流や光、音などの波形を拡散する、ぼかしフィルターとして機能する。脳の中にあるニューロンは直径が数千分の1ミリ程度であり、20分の1ボルト程度の弱い電気インパルスを発生している。
学生たちは、この研究チームの主任研究員であるパルキット・グローバー准教授が開発中の新しい手法と比較するための基準データを集めていたのだ。
「現時点では、頭蓋骨を通して脳内信号を検出するは不可能です。実現は本当に難しいのです」とグローバー准教授は話す。グローバー准教授は、米国国防先端研究計画局(DARPA)が2019年に取り組み始めた予算1億400万ドルの次世代非外科的ニューロテクノロジー・プログラム(Next-generation Nonsurgical Neurotechnology Program :N³)に参加する6チームのうち1つを共同で率いている。グローバー准教授のチームは電気信号と超音波信号を使っているが、他のチームは光学技術や磁気技術を使っている。いずれかの手法が成功すれば、社会を変えるほどの斬新な結果となるだろう。
手術はコストが高いうえに、新しい種類のスーパー兵士を作り出す手術は倫理的に複雑だ。手術を必要としない、心を読む装置を開発できれば、可能性の世界が開ける。脳コンピューター・インターフェイス(BCI:Brain-computer interfaces)は、四肢麻痺患者の動作への限定的な制御支援や、イラクやアフガニスタンで手足を失った退役軍人の人工四肢制御を可能にするために活用されてきた。N³は、より好戦的な目的でBCIを開発しようとする米軍初の真剣な試みだ。「機械的な装置を通すのではなく、考える速度でドローンやドローン群(swarms of drones)を操作します。開発中のBCIの真の目的は、この実現です」とN³のアル・エモンディ責任者は話す。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のコンピューター科学者ジャック・J・ヴィダール博士は、1970年代初頭に「脳コンピューター・インターフェイス」という用語を初めて使った。 「人工知能(AI)」と同じような用語の1つで、定義が示す機能が発展するにつれ進化する。頭蓋骨に取りつけられた電極を使って脳の電気活動を記録する脳波記録(EEG)は、脳とコンピューター間の最初のインターフェイスと考えてよいだろう。ケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究者たちは、1990年代後半までにEEGを使って、ある四肢麻痺患者の脳波を解析し、頭皮につけた電極から伸びるワイヤーを通して患者自身がコンピューターのカーソルを移動させるのに成功した。
以来、脳を読み取るための侵襲的、または非侵襲的手法のいずれもが進歩している。電気信号で脳を刺激し、てんか …
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