サンフランシスコの外れにある研究所で、大量のハダカデバネズミが、グーグルの創業者が拠出した資金によって飼育されている。ハダカデバネズミは名前のとおり毛がない齧歯動物で、成長には厳格で費用がかかる環境が必要だ。ハダカデバネズミはアリのような共同コロニーに住み、女王ネズミに率いられている。しかし、ネズミに大金が投じられている真の理由は、ハダカデバネズミの寿命は約30年(ハツカネズミより10倍も長生きできる)あることだ。
ハダカデバネズミを飼育しているカリコ (Calico) は、カリフォルニア・ライフ・カンパニー (California Life Company) の略だ。2013年、グーグルの共同創業者ラリー・ペイジ最高経営責任者 (CEO)は、老化の原因を突き止め、あわよくば対処するための長期プロジェクトの遂行に、グーグルはカリコを設立し、資金を投入すると発表した。カリコのミッションは、老化研究の「ベル研究所」を作ることだ。コンピューター産業の土台になったトランジスターのように、グーグルは(人間にとって有益な)重要なブレイクスルーを見つけることで、人間の寿命を伸ばそうとしているのだ。
老化を根本的に遅くできる方法がある、と考えるのは理由がある。カリコ創業メンバーのシンシア・ケニオン(老化研究担当部長)は、実験室で回虫のデオキシリボ核酸 (DNA) の文字情報をひとつ書き換えることで、3週間の寿命が6週間になることを20年前に示した人物だ。ケニオン部長の昔のビデオには、死んでいるはずの虫がペトリ皿の上を元気よくクネクネと移動する、身の毛のよだつようなシーンがある。
グーグルの創業者は、老化の手がかりをどこまでも追い求め、トップ研究者のグループに無制限ともいえる資金を提供するために、研究開発会社としてアカデミックとバイオテックのハイブリッド企業を設立した。カリコは人工知能の専門家であるダフィン・コラーのようなスターを雇用している。グーグルの親会社であるアルファベットと製薬会社のアッヴイから同額の寄付を受け、カリコの銀行口座には15億ドルの現金がある。しかし、その派手な立ち上げにもかかわらず(タイム誌は「グーグルは死を解決できるのか?」と疑問を投げかけた、カリコは謎の極秘企業のまま、実際、3年間何の発表もせず、ジャーナリストを追い払い、訪問した科学者には秘密保持契約への署名を求めている。
米国国立老化研究所のフェリペ・シエラ ディレクター(老化生物学部門)は、カリコは他の研究者を「少々ムカつかせています」という。「カリコが何をやっているのか知りたいのです。それがわかれば、私たちは他のことに集中できるし、あるいは共同で作業もできます。カリコは研究会社といいますが、一体何を研究しているのでしょうか?」
MIT Technology Reviewは、カリコは会社の地下倉庫にいる大学のエリート研究グループのようなもので、主として基本的な科学実験をしていることを突き止めた。カリコには100人以上の従業員がいて、南サンフランシスコにあるカリコ本社から約48km離れたバック老化研究所で、酵母や回虫、ハダカデバネズミ等のなじみのない生物の「ノアの方舟」を組み立てて保管している。
デバネズミの違いは何か? お金のかかる、簡単には答えられない疑問だが、潤沢な予算があるカリコなら答えを探せる。カリコは老化の生物指標(バイオマーカー)の探求に、1000匹のネズミの誕生から死までを記録する、7年がかりの研究に資金を投じている。現時点で、人間の「生物学上」の年齢をタンパク質等の数値で測定できることを証明した実験はないが、発見できれば科学的に有益であり、ビジネスにもなりうる。「カリコはあまり情報を明かしません」と、バック老化研究所の科学者でカリコと関わりのあるブライアン・ケネディー教授はいう。「カリコは、人類が生物学上の老化についてもっと幅広く理解する必要があると思っているのです。カリコは簡単には理解できないことだと認識しています」
カリコのプレスリリースにあるように、老化を「生物学における最も根本的に未解決な問題」だと確信している億万長者は、グーグルの創業者が初めてではない。 オラクルのラリー・エリソン共同創業者は、2013年、自身の財団がポリオ撲滅に助成金を出す以前には、老化を研究する科学者に3億3500万ドルを寄付していた。投資家のピーター・ティールもアンチエイジングの団体に寄付しているほか、哺乳動物の寿命を根本的に伸ばすことに成功した者に500万ドルが与えられるパロアルト長寿賞もある。
「不老」の難しさは、哺乳動物がなぜ歳を取るのか、科学的に未解明であることだ。カリコのハル・バロン研究開発担当社長(医薬品開発を率いるためにロシェから引き抜かれた)は、2015年に米国医学研究所に対して、短期間での成功はないと述べた。「皆さんはかなり長期的な見方をする必要があると思います。ご自身が老化に関わることをしているのかいないのか本当にわかるまで、診察室に駆け込む必要はありません」
175年前は、ほとんどの人々は老化ではなく感染症で亡くなっていた。ワクチンや栄養状態、公衆衛生や医学の全般的な向上のおかげで、豊かな国に生まれた人の平均余命は40年から80年へと倍になり、10年ごとに平均2.5年延びている。しかし、多くの人が長生きするようになった現在、がんや心臓病、脳卒中、痴呆といった、より治療が難しい、別の死因に対処する時代になった。
老化は、死因につながるすべての病気でも、唯一最大のリスク要因だ。80歳の人は、中年の人より、がんで亡くなる確率が40倍高く、アルツハイマーのリスクは600倍になる。しかし、もし老化そのものを治療し、そうしたすべての死を遠ざけられればどうなるだろうか? 「医学は慢性疾患ひとつひとつを治そうとして失敗してきたのです。失敗してきた原因は、生物学上の老化という、より大きなリスク要因があるからです」
包括的な理論
カリコのデビッド・ボツスタイン最高科学責任者(CSO)は襟まで届く白髪交じりのあごひげに覆われ74歳の男性だ。プリンストン大学の遺伝学者として高名だったボツスタインCSOは、引退間近に …