ヨハン・ゼバスティアン・バッハはバロック音楽の偉大な作曲家と広く認められている。18世紀のドイツで作曲したバッハは、美しい曲と、和声法と対位法の熟練した技法により尊敬されている。
バッハの卓越した音楽の形式に、コラール・カンタータと呼ばれる多声の賛美歌がある。ルター派の聖書を元に、4声で歌われる。バッハの曲は、教会の会衆が親しんでいる旋律をソプラノが歌って始まり、続いて自身が作曲した3声の和声を歌うアルト、テノール、バスの声部が加わる。バッハは300曲以上の短いコラールを作曲した。
バッハの曲がコンピューター科学者の興味を引いてきたのは、作曲過程が段階的でアルゴリズムに似ているからだ。だが和声と旋律の微妙な絡み合いが必要であり、上手に作曲するのは困難だ。そこで興味深い疑問が沸いてくる。機械はバッハと同じ様式でコラールを創り出せるだろうか?
12月14日、ソニーコンピュータサイエンス研究所(パリ)のゲイトン・アッジェラとフランソワ・パシェ両研究員のおかげで、答えがわかった。研究チームは、バッハの様式でコラール・カンタータを作曲するよう学習したニューラル・ネットワークを開発したのだ。研究チームはこの機械をディープ・バッハと名付けた(「作曲家に悲報?グーグルの作曲AIが創造性を手に入れた」参照)。
「ヨハン・ゼバスティアン・バッハによるコラールの和声法を訓練すれば、我々のモデルは非常にそれらしいコラールをバッハの様式で生成できる」と研究チームはいう。作曲された曲の約半数は、実際にバッハによって書かれた曲だと、人間の専門家を信じ込ませてしまった。
研究チームの機械学習の手法は単純明快だ。研究チームはニューラル・ネットワークを訓練するためのデータセットを作ることから始めた。まずバッハが作曲した352曲のコラールから始め、次にこれを所定の声域に収まるよう別の調に移調して、2503曲のコラールのデータセットを得る。研究チームは80%を使ってニューラル・ネットワークがバッハの和声を認識するよう訓練し、残りの20%を検証に使った。
次に、機械はバッハの様式で独自の和声を作る。研究チームは装置に旋律を与え、残り3つのアルト、テノール、バスの声部の和声を作らせて試験した。
他のアルゴリズムを使ってもできることだが、生成される曲の全てがどこまでバッハの作品に比肩できるかが重要な問題だ。この点を明らかにするため、研究チームは同じ旋律に付けられた2つの異なる和声を1600人以上に聴き比べてもらった。参加者のうち400人以上はプロの音楽家または音楽を学ぶ学生だ。参加者は2つの和声のどちらがよりバッハ的に聞こえるかを判定した。試験には、他のアルゴリズムで生成した和声も含められた。
実験結果から興味深いことがわかった。「ディープ・バッハ」が生成した和声を聞いた審査員の約半数がバッハの作曲だと判定した。これは他のどのアルゴリズムで生成した音楽よりも著しく高い結果だ。「バッハ作品の複雑さを知っているので、これは良い得点だと思います」(研究チーム)。
バッハ自身が作曲した音楽を聴いたときでも、正しく判定されたのは75%だけだった。
この研究が意味することは非常に興味をそそる。深層学習機械がバッハ様式のコラールを作れるなら、他の作曲家の様式や、他の音楽様式でさえ、おそらく可能ではないか?
ここから、作品を分析して創造性の本質を研究する興味深い方法が得られるかもしれない。「この手法はバッハのコラールに適用できるだけでなく、パレストリーナ(教会音楽の父と呼ばれる16世紀イタリアの音楽家)からテイク6(現代アメリカの6人組の音楽グループ)まで多声のコラール音楽を幅広く含むかもしれません」(研究チーム)。
多くの場合、言うのは簡単でも行動するのは難しい。バッハのコラールは、全てではないにせよ、多くは高度に構造化され、その構成は特定の規則に従っている。他の形式の音楽がこれほど整然としているとは限らない。
それでもなお、ソニーの研究所など、あちこちで作られた深層学習機械が、評価の高い音楽作品を作り始めている。これらの機械が間もなく交響曲やオペラのようなもっと野心的な作品に挑戦し始めても驚くことはない。バッハが驚嘆するのは間違いない!
参照:arxiv.org/abs/1612.01010ディープ・バッハ:バッハ・コラール生成用の可変モデル