12月9日、人工知能(AI)研究者が集う世界最大級の国際会議「神経情報処理システム (NeurIPS:Neural Information Processing Systems)」 が、カナダのバンクーバーで始まった。同日の招待講演で、カリフォルニア大学バークレー校の心理学研究者であるセレステ・キッド教授は、サッカー場の2倍ほどの広さの会場に集まった数千人の聴衆に向けて、歯に衣着せぬ講演をした。
影響力のある科学者であり、ミートゥー(#MeToo)運動の中心人物でもあるキッド教授はNeurIPSの参加者に「中立的なプラットフォームなどというものはありません」と言い放ち、「コンテンツをオンラインにプッシュするアルゴリズムは、人々の信念に多大な影響を与えています」と主張した。
キッド教授は、心の理論、つまり私たちがどのように知識を獲得し、どのように信念を形成するかについての理解に重要な貢献を果たしていることでその分野では有名な存在だ。キッド教授はまた、米タイム誌が2年前の「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)」に性的虐待や嫌がらせに反対する声をあげた「サイレンス・ブレーカー(沈黙を破った人たち)」を選出したとき、その一人として名前が挙がったことで、広く世にその名が知られるようになった。
講演でキッド教授は研究から得た5つの教訓を紹介し、テック業界の決定によって人々が気候否定のような誤った信念をどのように形成するのかを示した。講演の終盤では、大学院生の時に受けたセクシャル・ハラスメントの体験も語り、男性が語る#MeToo運動に関する誤解について正面から取り上げた。
キッド教授はNeurIPSの参加者に「テック分野の男性にとって、今は恐ろしい時代に思えるかもしれません」と語りかけた。今年のNeurIPSの参加者は、約80%が男性だ。「下手なアプローチや誤解によってキャリアが台無しになる可能性があるという考えが広まっています」。
「今日この会場にいるすべての男性に伝えたいことは、あなた方は考え違いをしているということです」とキッド教授は語った。
講演はスタンディング・オベーションを受けた。NeurIPS史上、滅多に見られない光景だ。
キッド教授の発言の背景には、AIコミュニティ(さらに広い定義ではテック業界)がそのテクノロジーがもたらす想定外の悪影響を考慮せざるを得なくなってきた状況がある。過去1年間だけでも、どのようにディープフェイクによって女性が虐待を受けることになるか、どのようにアルゴリズムが医療や与信で差別的な判定し得るか、AIモデル開発が環境に与える負荷がいかに多大であるかを明らかにした一連の事例が世間の注目を集めた。同時に、AIコミュニティは過去数年のNeurIPS会議自体をはじめとする複数の性的虐待とセクシャル・ハラスメントのスキャンダルに揺れている。また、AIコミュニティは多様性の著しい欠如にも苦しみ続けている。
しかし、キッド教授の講演により、起こり始めた大きな変化が鮮明になった。その変化は同教授の講演があった夜、会場で明白に感じられた。講演の後、何十人もの聴講者が会場のあちらこちらに設置されたマイクに並び、AIコミュニティが抱える問題について話してくれたことに感謝の意を表した。セッションの後、キッド教授の周りにはさらに何十人もの人が集まった。感謝の気持ちを示す握手をするためだけに集まる人もいた。2年前に開催されたNeurIPSのどんちゃん騒ぎを覚えている出席者たちでさえ、AIコミュニティが抱える課題を受け入れる新たな開放性と改善へ向けた新たな取り組み姿勢を目の当たりにすることになった。
講演の翌日、MITテクノロジーレビューはキッド教授にインタビューをした。そして講演の中で彼女が伝えた2つのメッセージの詳細と、その2つのメッセージがどのように関連しているか、そして将来への希望について話を …