未公表論文を独占入手
中国・遺伝子編集ベビー問題
専門家が語る13の疑問
およそ1年前、世界で初めてクリスパーで遺伝子を編集した赤ちゃんを誕生させた中国の賀建奎 (フー・ジェンクイ)元准教授が寄稿したと見られる未公表論文の写しを、MITテクノロジーレビューが入手した。その内容は、彼が遺伝子編集ベビーを誕生させるにあたり、倫理的および科学的な規範をどれほど無視していたかを示すものだ。 by Antonio Regalado2019.12.13
今年に入ってから、ある情報源がMITテクノロジーレビュー編集部宛てに、中国で2018年に生まれた初の遺伝子編集ベビーの誕生について記した未発表の原稿のコピーを送ってきた。今回、その原稿の抜粋を初公開する。
「HIVに対する耐性を持たせるようゲノムを編集した双子の誕生」というタイトルの4699語からなる未発表の論文は、遺伝子を編集した双子の赤ちゃんを作り出した中国人生物物理学者、賀建奎 (フー・ジェンクイ)元准教授が著したものだ。また、我々が同様に受け取った2件目の原稿でも、ヒトおよび動物の胚に関する研究室実験についてとりあげている。
送られてきたファイルのメタデータは、2つの草稿がフー元准教授が2018年11月後半に編集したものであることを示しており、当初は発表するために提出したもののようだ。2つの草稿を合わせた原稿が存在する可能性もある。この論文は、ネイチャー(Nature)とジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション(JAMA)という少なくとも権威のある雑誌2誌に検討されたが、未だに公表されていない。
二つの論文の本文は、「HIVの蔓延を抑制」できる医学的なブレークスルーだという誇張された主張でいっぱいだった。 この論文では、双子の赤ちゃんにHIVに対する耐性をもたらすために「新しい治療法」を使い「成功した」ことを、(成功という言葉を何度も繰り返して)主張している。それにもかかわらず、この論文では意外にも、双子が本当にHIVウイルスへの耐性があることをほとんど証明しようともしていない。また、論文の他の箇所にある、編集が失敗したことを示すデータのほとんどを無視している。
本誌は、この未発表の原稿を法学者、IVF(体外受精)専門医、発生学者、遺伝子編集の専門家の4人に読んでもらい、感想を尋ねた。彼らの見解は批判的なものだった。その中には、フー元准教授とそのチームの主な主張がデータに裏付けられていないこと、双子の両親が実験に参加するよう圧力をかけられていた可能性があること、いわゆる医学的な利点が全く信用できないこと、そして研究者が自身による遺伝子編集の効果を完全に理解する前に生身の人間を作ってしまったことなどが含まれている。
これらの文書は、史上最も重要な公益問題のひとつ、テクノロジーを使ってヒトの遺伝を変化させる能力に関するものであるため、遺伝子編集した「双子」の原稿の抜粋を、一部専門家からのコメントと彼らが挙げた疑問への説明を交えてここで紹介する。抜粋は、この論文で現れる順に記載している。
この原稿が現在まで公表されないままになっていた理由については、これらの原稿を科学雑誌に発表させようというフー元准教授の企てに関する別記事を参照していただきたい。コンテンツをここで公開することについては、フー元准教授のデータが生殖細胞系列に関する遺伝子編集は危険で時期尚早であることを示していると主張するペンシルベニア大学の遺伝子編集の専門家、キーラン・ムスヌル准教授の論説をお読みいただきたい。
1. なぜ論文の著者に医師が含まれていないのか?
原稿は、10名の著者の一覧から始まる。その大半は、当時南方科技大学にあったフー元准教授の研究室のメンバーだが、(フーの研究に参加した)夫婦の募集を支援したAIDS支援ネットワークの理事であるホア・バイや、ライス大学の生物物理学者であるマイケル・ディーム教授も含まれている(ディーム教授の果たした役割については現在ライス大学が調査中だ)。
これほど重要なプロジェクトにしては少人数だが、その理由の1つには、特に、患者を治療した不妊治療専門医や、赤ちゃんの分娩に対応した産科医などの一部の人物の名前が記載されていないことがある。彼らの名前を隠蔽したのは、赤ちゃんの両親の身元がばれないことを意図したものなのかもしれない。しかし、これらの医師が、世界初の遺伝子編集された赤ちゃんの創造に一役買っていることを知っていたのかどうかは定かでない。
この原稿が信頼に値するものなのかという疑問を即座に抱いた人たちもいる。
—スタンフォード大学法学部のハンク・グリーリー教授:この論文に報告されていることを裏付ける独自の証拠が全くないか、あったとしてもほとんどない。私は、双子の赤ちゃんはおそらくDNAを編集されて生まれたのだと思うが、その証拠はほとんど存在しない。この事例の事情を鑑みると、いつもなら人は誠実だと考える私でさえ、フー元准教授は誠実だとは思わない。
2. 研究者自身のデータが主なる主張を裏付けていない
論文のアブストラクト(要旨)またはサマリー(まとめ)では、HIVへの耐性のある人間を作るというこのプロジェクトの目的と主な結果が明確に述べられている。そこには研究チームがCCR5と呼ばれる遺伝子に既知の突然変異の「再現」に「成功」したと記載されている。少数の人々は生まれながらにして、CCR5Δ(デルタ) 32として知られる突然変異体を持っており、HIVの感染への耐性を持っている。
しかし、サマリーの内容は、論文内のデータではほとんど裏付けられていない。具体的には、後で述べるように、このフー元准教授らのチームは実際には既知の突然変異を再現しなかったのだ。その代わりにHIVへの耐性につながるかもしれないし、つながらないかもしれない新たな突然変異を起こした。論文によると、チームは確認しようとしなかった。
—カリフォルニア大学バークレー校最先端ゲノミクス研究所 (Innovative Genomics Institute)でゲノム編集を研究する科学者フョードル・ウルノフ教授: 有力なCCR5の変種を作り出したというフー元准教授らの主張は、あからさまに実際のデータを偽ったものであり、故意の虚偽としか言いようがないものだ。この研究は、研究チームが実際には有力なCCR5の変種の再現に失敗したことを示している。胚の編集が何百万人の人を助けるという主張は、妄想的であると同時に理不尽であり、1969年の月面歩行が「月で生活したい何百万人という人類に希望をもたらす」と言うのに等しい。
—エウジン・グループ(Eugin Group)の科学担当役員リタ・ヴァッセナ: この資料を手に取ったとき、私はヒト胚の遺伝子編集に対する思慮深く心のこもった取り組みを見ることができることを願っていた。だが残念なことに、この論文の内容は、クリスパー(CRISPR)/Cas9テクノロジーを何が何でもヒト胚に使うための正当な理由を見つけるという目的を求めた実験に近いものであり、次世代のための誠実で慎重に考え抜かれた段階的アプローチを使ったヒトゲノム編集などでは決してなかった。現時点での科学的コンセンサスが示しているとおり、妊娠させるためにクリスパー/Cas9をヒト胚に使用することは、現段階においては不当かつ不要であり、研究されるべきではない。
3. 胚の遺伝子編集では、特に最も状況のひどい国のHIVを抑制できない
フー元准教授らは、アブストラクトの終わりと本文の冒頭で研究の正当性を説明し、遺伝子編集された赤ちゃんは何百万人という人々をHIV感染から救う可能性があるとしている。我々にコメントをくれた人たちは、この主張を「不合理」で「馬鹿げた」ものだと考えており、クリスパーがHIVに耐性のある人間を生み出すことができたとしても、アフリカ大陸南部のようにHIVが蔓延するところでは実用的ではないだろうと指摘している。
—リタ・ヴァッセナ: この研究は遺伝子編集や、その後の妊娠を目指したヒト胚の移植を、ほとんど正当化していない。遺伝子編集由来の胚がいつか「HIVの流行を抑制」できるようになるかもしれないという著者らの考えは馬鹿げている。すでに、公衆衛生の取り組み、教育、抗ウイルス薬の広範な利用により、HIVの流行が抑制されることが分かっている。
—ハンク・グリーリー教授: これはもっともらしい「HIVの流行を抑制する」方法と考えることは馬鹿げている。(まったくありそうにないが、)世界中の赤ちゃんの一人ひとりにこの変種が与えられたとしたら、20~30年以内にHIV感染に大いに影響を及ぼし始めるだろう。しかし、この時までにはHIVの流行を食い止めるさらに優れた方法が生まれるだろうし、まだ十分ではないにせよ、流行を大幅に遅らせる既存の方法があるのだ。中国の感染率の64%増 がもし本当ならは、非常に少ないところから急増したことになる。中国のHIV感染率は西欧諸国と比較すると非常に …
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