「靴箱」とも「食パン」とも呼ばれる人工衛星を運用する企業が、20億ドルの価値を持った。食パンといってもさすがに日本で一般的なサイズではなく、切り分ける前のローフブレッド程度の大きさだが、それでもわずか10×10×30センチメートル。米カリフォルニア州のプラネット・ラボ(Planet Labs)はこの小さな衛星を120機も軌道上に展開し、毎日1回、地球のある地点の画像を撮影している。この記事を書いている筆者の頭上も毎日1回は飛んでいるはずだ。
プラネットの衛星は超小型であるだけでなく、1機あたりの開発、製造コストを大幅に下げた。現在、地球観測衛星と呼ばれるカメラやレーダーで地球の表面を観測する衛星は、高機能なものでは1機あたり数百億円の開発費がかかる。日本の本格的な地球観測衛星で2011年に運用を終了した「だいち(ALOS)」の総開発費は約612億円(打上げ費含む)。カメラ画像の解像度はおよそ2.5メートル(画像の1ピクセルが2.5メートル四方)だ。プラネットは、超小型衛星「ダブ(DOVE)」のほかに数機の解像度1メートルの衛星も合わせて運用している。ダブによる画像提供サービスは基本的に解像度3メートルで、ALOSよりはやや甘いものの、機体サイズを考えれば十分に高解像度の画像を提供している。撮影から画像提供までは最短で4時間程度と、従来の地球観測衛星よりはるかに早い。
地球観測衛星の有望な用途の1つに、農業がある。作物の生育状況を衛星画像から分析し、肥料や水やり、収穫のタイミングや量を判断するなどの使い方だが、これまでの地球観測衛星では1シーンあたり数万円から数十万円の費用がかかることも多く、低コストのデータを求める分野には利用しにくかった。だがプラネットの場合は月額制で契約地点の画像を毎日のように利用できる。月額費用の詳細は明かしていないが、日本でプラネットの画像を購入し、農業用途向けの付加価値をつけて販売している企業の場合、ヘクタールあたりの利用価格は数百円。気軽に利用できるようになってきた。
急成長を遂げる宇宙ビジネス、投資も拡大
2019年2月に米商務省が発表したレポートによれば、2018年の宇宙市場の規模は世界全体で3835億ドルで、米国は世界の宇宙開発支出のうち57パーセント、ロケット打ち上げ活動の3分の1、軌道上に投入された衛星の65パーセントを占めている。世界の航空業界全体の売上高は2018年で8210億ドルであり、世界初の人工衛星スプートニク1号を当時のソ連が打ち上げてからおよそ60年で、宇宙産業は航空産業の半分弱の規模までたどり着いたことになる。ちなみに、航空産業の中でもジェット貨物機の新規販売額と近い規模である。
宇宙関連市場は、バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチの予測では今後10年で2兆7000億ドル規模になると見られており、モルガン・スタンレーは2040年までに1兆1000億ドルと予測している。金額には大きな開きがあるものの、どちらも急成長を遂げるとの予測だ。
日本では、2040年までグローバルと同じ成長率で国内も成長を続けるとすれば、2016年に1兆1093億円だった宇宙関連産業の市場規模は、2050年には4兆3932億円になるとの予測がある。宇宙関連産業とは、ロケットや人工衛星、地上設備といった宇宙セグメントを運用、維持する「宇宙機器産業」と、地球観測や電気通信、コンシューマーサービス(衛星放送など)といった、宇宙セグメントを利用する「宇宙利用産業」を指す。
宇宙機器産業の中でもロケット打ち上げは非常に注目されやすい分野だが、ロケットは人工衛星という働く機械を所定の位置へと運ぶ輸送手段だ。まず衛星と、衛星がもたらす地球観測データや通信放送、位置情報などのデータによる事業があり、それを実現するためにロケットがある。そのため、ロケットの開発には衛星の計画の先読みが必要だ。どの分野の衛星を、いつまでに何機打ち上げたいのか? 高額の費用をかけてでも巨大で高機能な衛星を打ち上げたいのか? それとも小型の衛星を大量に、どんどんリプレースしたいのか? 行く先の軌道は地球から遠いのか近いのか? 有望な分野、衛星の大きな需要の読み合いが常に行なわれている。
宇宙開発専門の調査・コンサルティング企業シー・エス・ピー・ジャパンによれば、1998年以降に創業した世界の宇宙ベンチャー数百社の中で、プラネットは2010年の創業から2019年7月までに累計で1億8310万ドルの資金を集め、「衛星インフラ構築・運用」部門で第2位となった。そのほか宇宙輸送、地上局、宇宙データ利用、軌道上サービス、宇宙旅行、教育・エンターテイメント、探査などの分野のベンチャー企業が世界で200~600社程度と見られている(航空関連サービスを含めるなど集計方法によって異なる)。スペース・エンジェルズ(Space Angels)が発行した2019年第二四半期のレポートによれば、2009年以降に資金調達した宇宙ベンチャーは累計476社で、2019年上半期までの総投資額は223億ドルにのぼるという。
第二、第三のプラネットを探して、投資先としての宇宙ビジネスも注目されている。
なぜいま「宇宙」なのか? ニュースペースとは何か?
宇宙ビジネス分野を読むキーワードの1つに「オールドスペース(エスタブリッシュドスペース)」と「ニュースペース」がある。オールドスペースとは、NASA(米国航空宇宙局)を始めとする宇宙機関や軍からロケット、衛星、地上設備などの開発を委託し、宇宙機関の計画に沿って開発を進めるボーイングなどの航空宇宙企業を指す。民間企業は巨額の開発費を受け取るが、主体性はあくまでも宇宙機関側にある。一方でニュースペースとは、民間企業が独自に宇宙開発に取り組んで利益を出す形式だ。宇宙機関は、必要に応じて技術や製品を買い上げて企業を支援するが、何をどの領域で開発していつまでにサービスするかといった方針は企業自身が主体的に決める。ニュースペースの特徴として、「新規参入(テック企業など隣接する異業種からの企業参入)」、「ディスラプティブ・ソリューション(破壊的技術)」「大規模民間投資」などが挙げられる。
ニュースペース的な宇宙開発はNASAのような国家機関が主導するものではないが、市場をもり立て後押しする政策や法規制の影響を受ける。米国におけるの商業宇宙政策の契機となったのが1984年の「商業宇宙打ち上げ法」の制定だ。ロケットは航空機のように成熟した乗り物ではなく、1回の打ち上げごとに当局の許可が必要となる。商業宇宙打ち上げ法の制定と合わせて、ロケット打ち上げを中心とする民間宇宙開発の監督機関として「商業宇宙局(AST)」がFAA(連邦航空局)傘下に設立され、ロケットが満たすべき安全基準や申請プロセスが明確になったことで、商業打ち上げのための制度が整った。
ただ、法律はできても、2000年前後まではまだ官が民間のロケット開発を支援する仕組みが整っていなかった。人工衛星の大規模コンステレーション(多数の衛星を打ち上げ、協調させて運用する方式)のビジネス構想が登場したが、低コストで繰り返し、迅速に多数の衛星を打ち上げるロケットが欠けていた。ロケットは一度きりの「使い捨て」であり、製造に時間がかかって大規模な衛星網を構築するといった目的で高頻度に打ち上げることが難しい。そこで、再利用ロケットに解を求めて宇宙企業の創業が相次ぐ。イーロン・マスクのスペースX、ジェフ・ベゾスのブルー・オリジンもこの時期の創業だ。だが、NASAが民間技術を買い上げることで開発を後押しするといった仕組みは当時なかった。NASAの資金援助の元で民間企業が開発した輸送船を、NASAが利用する「COTS」といったプログラムができたのは、ずっと後のことだ。資金不足でいくつものロケット企業が淘汰される中、スペースXやブルー・オリジンといった企業が現在まで生き残れたのは、テック企業で稼いだ莫大な資金を投じることができ、NASAや空軍の調達に沿った開発ができる体力を持っていたからだ。
規制緩和からもビジネスが生まれている。1つには、1960年代から2000年代始めまで機密の塊だった「スパイ衛星」技術を民間で利用できるようにとの流れがある。2014年には、米国で商業用途で販売できる地球観測画像の最高解像度が25センチメートルにまで許可され、商業衛星画像の質が大きく向上した。防衛向けに超高画質の一点モノの衛星を作っていた企業に加え、プラネットのように超小型衛星を多数打ち上げて1日1回、数時間に1回といった高頻度で撮像する企業が出てきた。続いて2016年には、長らく軍事目的のみだったレーダー地球観測衛星を商用利用できるようになった。緩和から2年で米欧、日本でSAR(合成開口レーダー)衛星のベンチャー企業が次々始動している。米国で法律や規制の改正があればそれに追随して新たな衛星ビジネスが立ち上がり、打ち上げ需要を満たすロケットが求められる、という図式だ。
ロシア、欧州、中国、インドの国家間競争はどう動くか?
宇宙ビジネスでも米国が牽引している現状があるとはいえ、力を入れているのは米国だけではない。本稿の最後に、主要国の動向を押さえておきたい。
世界で初めて人工衛星を打ち上げ、人類を宇宙に送ったソ連。歴史を語る上でソ連からロシアの流れを外してはならないが、宇宙ビジネスという分野に限っていえば現在のロシアは存在感が低下している。多くの通信放送衛星を打ち上げ、主力のプロトンロケットなどを有して2007年ごろには打ち上げ回数世界第1位だったロシアは、2014年ごろには3位となった。廃棄される大陸間弾道ミサイルを転用して衛星打ち上げロケットに改造し、「ピギーバック」や「ライドシェア」と呼ばれる小型衛星の相乗り打ち上げビジネスの先鞭をつけたのもロシアだが、インドの追随、米国の追い上げなどでシェアを拡大できない状況が続いている。
ロケット+宇宙船のシステムを生かして、民間宇宙旅行を実現させたのもロシアだ。だが、米国が民間宇宙船の開発に苦慮している現在でも、ロシアがその隙をつくような動きは見られない。米国に次ぐ2番目の地球規模の測位衛星システムとして始まったグロナス(GLONASS)にしても、衛星数を維持できない時期があるなどシェア奪取にはいたらないまま、中国の後塵を拝している。この先動きがあるとすれば、極東のボストチヌイ宇宙打ち上げセンターの完成、2021年、2025年に予定されている商業ロケット「アンガラ A5」シリーズのデビュー後と考えられる。
米国、ロシアに続く第三極の欧州の中でも宇宙開発を牽引するのがフランスだ。世界第3番めの衛星打ち上げ国となるも、1970年代には米国との関係でロケット打ち上げ能力の維持に苦慮していた。1980年代、アリアンスペースを設立し、独自の打ち上げ能力維持に向けていち早く民間衛星打ち上げをビジネス化し、失敗に備えた打ち上げ保険、衛星開発のための打ち上げ融資などの制度を作る。独自の地位を維持し、現在はアリアン6、VEGA-Cなど2020年以降にデビューする次世代ロケットを準備中だ。日本が2018年から施行した国内宇宙法「宇宙活動法」はフランスを参考にしているとされ、米露(現在は中国も)という大きな存在がある中で、どのように独自の地位を築くのか、注目すべき存在だ。
衛星開発分野では、イギリスの大学発の小型衛星ベンチャー、SSTLが小型衛星の先駆けになった。イギリスは長くロケット開発を休止していたが、商業宇宙政策の拡充によって小型ロケットを復活させる構想があり、「2030年代までに世界の宇宙産業のシェア10パーセントを獲得する」という大きな目標がある。また欧州では小型ロケット開発を支援する動きがあり、フランスを中心にした大型のアリアンと、欧州各国の小型ロケットの住み分けが進められていく方向だ。
中国は日本に続く5番目(1970年4月、長征1号による東方紅1号)の衛星打ち上げ国だ。宇宙財団の集計では、80億ドルの国家宇宙予算を持ち、予算規模では米国に次ぐ世界第2位に位置する。国内に4カ所の打ち上げ射場を有し、大型から小型までカバーする長征ロケットを開発運用している。独自の有人宇宙ステーションを運用し、月面探査機「嫦娥」4号で月の裏側への着陸を果たすなど、着実で段階的に実証を進め、宇宙技術を全方位で獲得している。通信放送衛星、気象衛星、測位衛星、地球観測衛星と人工衛星の主要な分野をすべてカバーし、2018年は世界の衛星打ち上げ数で米露と並んでトップ3に入った。中でも測位衛星の分野では、世界最大の規模となった「北斗(BeiDou)」システムが本格運用を開始している。
ビジネス分野では、小型固体ロケットの快舟シリーズ、OneSpaceなどの民間企業が次々と登場し、打ち上げ、衛星開発の分野で数では世界トップに立ちつつある。米国の武器輸出規制(ITAR)により、軍事関連技術を含む米国製コンポーネントを搭載した人工衛星を中国のロケットに搭載することは禁止されている。そのため米中で直接、ロケットのシェア競争が生じるといった事態には至らないが、中国独自技術の衛星や欧州メーカーによる「ITARフリー」衛星の中国打ち上げといった形で実質的な競争は始まっている。
インドは、「圧倒的に低価格なロケットの国」という印象を世界に与えている。フランスから輸入したエンジン技術や宇宙先進国より低い人件費によって開発費を抑え、国家宇宙機関が率先して他国の民間小型衛星の商業打ち上げを受け入れてきた。現在では主力のPSLVのように実績、打ち上げ頻度ともに信頼できるロケットを有している。プラネットが一度に大量の超小型衛星を低コストで軌道投入できているのは、インドの存在も大きい。ただし、複数の衛星を多数、一度に打ち上げるサービスでは米国、欧州が追随してきている。今後は新型の超小型ロケットのデビューも控えている。多様な打ち上げ需要に応えられるか注目される。