顧客を巻き込むモノづくりへ
変わる「高齢者向け」製品
高齢化が進み、消費の中心が動いていく中、いつまでも従来の「高齢者向け」製品では時代遅れだ。一部企業では「顧客を巻き込む」取り組みが進んでいる。 by Andy Wright2020.01.21
霧雨の降るサンフランシスコでのある火曜日の午後のことだ。ホワイトボードが置かれ、落ち着いた雰囲気の白黒写真が飾られた小さな会議室に、徐々に人が集まっていた。白い長テーブルを囲んだ席がいっぱいになると、赤いファッションで全身を包み、銀色のマニキュアをした女性が、ウクレレの演奏を披露し始めた。青い格子縞のシャツを着た男性は、ホットクロスバン(ドライフルーツ入りの甘いパン)を順々に手渡し、緑のタートルネックの女性は、ベネズエラ大統領の権力闘争について話している。こうして人たちが小さな会議室に集まって活動する光景は都市部では珍しくないかもしれない。だが、彼らはテクノロジーの話をするためにここに集まっているのだ。
「さあ、みなさん準備はいいですか?」。会議のリーダーであるリチャード・カロ博士が尋ねる。鋭い黒い瞳の、白髪を短く刈り込んだオーストラリア人のカロ博士は、親切な教授のようにふるまう。「あなたから始めましょうか、リン」。カロ博士は手元のノートを見ながら、「今回は補聴器についてですね」といった。
退職した元プロジェクト・コーディネーターのリン・デイビス(71歳)は、義理の妹がネットショッピングで最近購入した300ドルの補聴器について話した。妹はこの補聴器をかなり気に入っている。それを聴いてわくわくしたデイビスがグーグルで検索したところ、見つかったのは、この補聴器を「こきおろした」長いブログ記事だけだった。
「あら! 使い物にならないじゃないの!」とデイビスの隣の女性がいう。
この発言をきっかけに、補聴器について活発なやり取りが始まった。63歳のカロ博士は、この部屋の中でまだ若い部類に入る。集まった11人の女性と5人の男性の平均年齢は、70代半ばといったところだ。退職したコンピューター・プログラマーは、自宅で設定できる補聴器の購入を検討したという。フランネル・ジャケットのポケットからアイフォーン(iPhone)がはみ出ている男性が、SN比(信号対雑音比、信号に対するノイズの割合)について語り、手首にサポーターを着けた赤毛の女性が、サラウンド対応補聴器について説明する。
「あら、あなたはキャデラックを持ってるのね!」。ある女性が甲高い声をあげた。
「値段から言ったら、フェラーリよ」。赤毛の女性はいった。
ここは、高齢者向けに開発されたテクノロジーを改善するためのカロ博士の実験的試みの1つ、「ロンジェビティ・エクスプローラーズ(Longevity Explorers、長寿探検家)の集まりだ。2014年以来、ここで会議を開いている。カロ博士は、会議の間、ずっと静かに上座に座り、手を組んでただ聞いているだけだ。カロ博士は、より多くの人、特に起業家たちに同様のことをして欲しいと考えている。
エリザベス・ゼリンスキーには、お気に入りの話がある。転倒したときに腰を守るウェアラブル・パッドを作った会社の話だ。「腰を守るウェアラブル・パッドは、まったく売れませんでした」と南カリフォルニア大学レオナード・デイビス校(老年学)のゼリンスキー教授はいう。「理由を考えてみて下さい。 だれもパッドを装着して大きなお尻になんてなりたくないのです」。
ユーザー・テストを終えたばかりだったら「被害はそれほど大きくならずにすんだでしょう」とゼリンスキー教授は話す。
スタンフォード長寿研究センター・モビリティ部門のエンジニア、ケン・スミス部長にとって、この話は聞き覚えがあった。スミス部長によれば、設計者による最大の間違いの1つは、60歳前後の人は美やデザインに対する興味を失うと仮定してしまうことだという。このために、本来人々の健康の手助けになることを目的とした製品に悲惨な結果を招く可能性がある。だれも、チューイングガムの色をしたゴルフボール大の補聴器なんて身に付けたくない。これではまるで「高齢者」と書かれたTシャツを着ているようなものだからだ。
同様に、特定の年齢層は、単に新しいテクノロジーについて学ぶことができない、あるいは学ぶのを嫌がるという共通認識がある。科学的根拠がまったくないわけではない。神経科学と認知科学の専門家であるゼリンスキー教授によれば、老化は内側側頭葉に変化をもたらす。内側側頭葉とは、新しい課題の学習に関連した脳の領域である。そして、白質(ミエリン)は、ある脳細胞から別の脳細胞への情報伝達を高速化するが、加齢により減少する。「長い時間をかけて(中略)製品をどう使うかを学習するために、もっと何かに触れる必要があります。だからといって高齢者が完全に学習能力を失うわけではありません」(ゼリンスキー教授)。
専門家によれば、まだ働いていたり、テクノロジーを駆使する若い人がいる家族と過ごしたりしているような高齢者は、習得が早い。また、「高齢者が興味を示すテクノロジーの多くは、使いやすく、価格が手頃で、魅力的です」とゼリンスキー教授はいう。
それなら誰もが欲しがるだろう。だが、実際にはお粗末な高齢者向け製品が山ほどある。スミス部長は、不格好な歩行補助器や、野暮ったい杖、老人施設にあるような手すりなどを挙げた。ただ、最近は、タオル掛けなどの家庭用品のように見える、うまく作られたものも見かけるようになったとも。
スミス部長のチームでは、膝関節炎に悩む人を対象としたスタンフォード大学がデザインした靴のように、高齢消費者向けに多くの製品を世の中に送り出す手助けをしている。そのうちの1つは、フランケンシュタインの矯正器具というより、しゃれたランニング・シューズのようだ。
高齢者向け製品の設計に高齢者を参加させることは「良いことです」とスミス部長はいう。「若い人たちは、高齢者にために機能的に設計しがちですが、どうしたら喜んでもらえるかが分かっていません」。「茶色やベージュで退屈」な製品を見せられると、多くの高齢者は価値を見出せなくなってしまう。
そのため、2018年にはスタンフォード大学でスミス部長が主催する毎年恒例のグローバル・デザイン・チャレンジの一環として、スミス部長はロンジェビティ・エクスプローラーズのメンバーを連れて行き、設計者と高齢者を実際に引き合わせた。スミス部長は、このワークショップが役に立ったと話す。コンテストの決勝進出者は、高齢消費者の固定概念から離れ、異質の興味や必要性を持つ個人として注目したのだ。
同様のことをしている一部の大手企業は、よいお手本となるだろう。当時89歳だったバーバラ・ベスキ …
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