マイクロ流体デバイスの表面にあるピラーの隙間に留まるこの幹細胞は、数日間しか生きられない。だが、その間、細胞が増殖・変化し、内部が空洞の胚盤胞を形成する様子をストップモーションムービーで見ることができる。
幹細胞は、自身に組み込まれた究極のプログラムに従って胚を形成しようとしており、その試みは驚くほど順調に進行している。
2019年9月11日、ミシガン大学の研究チームは、ヒト胚にかなり近い人工胚モデルを幹細胞から効率的に作り出せるようになったと同日付のネイチャー誌で報告した。研究チームは、この進歩によって不妊治療薬の試験や妊娠初期に関する研究ができるようになったと考えているが、一方で新たな法的、倫理的問題も投げかけている。
この人工胚は、幹細胞を誘導して、初期の羊膜嚢や胚の内部細胞塊(人の手足や頭など体の各部に分化する細胞群)を含む小さな球状の構造を自発的に形成させることで作られた。ただし、この人工胚には、胎盤を作るために必要な組織が欠けている。
「不気味なほどヒト胚に似ています」。今回の人工胚の研究結果に詳しいケンブリッジ大学の遺伝学者、アルフォンソ・マルティネス・アリアス教授はこう話す。「この研究は特に驚異的です」。
科学者たちはいまのところ、これらは本物の胚ではなく、人間になる能力を欠いていると言う。だが、同様の研究が欧州や中国で進められるにつれ、あとどれぐらいで生存可能なヒト胚が研究室で合成できるようになるのかという疑問が浮上してくる。
これまでに複数の研究チームが、幹細胞を誘導して胚の初期発生の中核の再現に成功している。初期の神経細胞や精子、卵細胞の形成や、分化初期における動物の頭尾の決定などである(「2018年版ブレークスルー・テクノロジー10:人工胚」を参照)。
生物工学者のチエンピン・フー准教授と生物学者のデボラ・グムシオ教授が率いるミシガン大学のチームが開発した、人工的なヒト胚の初期発生モデルは、4日間しか生存できなかった。さらに、着床した胚のような本物の受胎産物とみなすために必要なすべての細胞の種類が揃っているわけではなく、他の異常や欠陥がある可能性も高い。
しかし、科学者たちは、そう遠くない未来に、自然に作られたものとほとんど変わらない胚を合成できるようになるだろうと信じている。すでに、マウスの人工胚研究では、代理母となるメスのマウスに人工胚を移植して、生きた動物を作ろうとするところまで進んでいる。ただし、まだ成功には至っていない。
懸念されるのは、もし科学者が研究室でヒト胚を作れるようになったら、誰かがそのシステムを利用して遺伝子改変した人間を作るのではないかという点である。つまり、小説『すばらしい新世界(Brave New World)』で描かれている中央孵化センターさながらのディストピアへ繋がらないかを心配しているのだ。
2018年12月、マルティネス・アリアス教授は、フー准教授など論説を書いた数人の研究者と共同で、人工ヒト胚モデルを使った科学研究に対する許可と、このモデルを利用した妊娠の開始を禁止する法的枠組みの構築を規制機関に要請した。「私たちは、幹細胞か …