ライバルはウィーワーク、
65歳以上の起業家が集う
高齢者コミュニティを訪ねた
人は老いていくと、社会から除け者にされるようになり、仕事を得るのも難しくなる。「シニア・プラネット」は、そうした高齢者がテクノロジーによって社会と再びつながりを持ち、道を切り開いたり、起業したりするのを支援するコミュニティセンターだ。 by Lauren Smiley2020.02.25
「人々はいろいろな形で無自覚な差別発言をしていますよね?」トム・キャンバーはそう話す。「自分が75歳になった時のことを想像してみてください」。
「街中では人々に押しのけられてしまいます。人々がまず注意を向けるのは、あなたの隣に立っている若い男です」とキャンバーは言う。そして、畳みかけるように続ける。「仕事の面接では採用担当者から年齢を聞かれます。完全に違法な質問です。それは『あなたは本当に黒人ですか?』とか、『あなたはゲイのように見えますが、ゲイですか?』とか聞くようなものです。ずる賢い採用担当者であればそれを隠そうとして、あなたの卒業年を聞いてくるでしょう。本当に馬鹿げています」。
キャンバーは取材相手としてあまり見かけないタイプの人間だ。1.5倍速のポッドキャストのように話し、瞬く間に3つの文をしゃべり終えた。スキンヘッドに、二の腕に彫られたアール・デコ調のタトゥー。ニューヨークのクラブで開催されるダンスパーティーでサルサを踊る姿を見れば、高齢者センターの所長にはもっとも似つかわしくない人物のように見える。だが耳を傾けてみよう。トム・キャンバー所長は、自身が「最後の差別」と呼ぶ年齢差別の問題に取り組んでおり、この問題について言いたいことがたくさんあるのだ。
「年齢差別的な社会に生きていると、自分にとってはまったく普通に思える夢が、他の人にとっては脅威になるのです」とキャンバー所長は言う。矢継ぎ早に言葉を繰り出していたかと思うと、今度は段落単位で畳み掛けてくる。「人々はあなたを抑え込もうとしてきます。彼らは自分自身の老いを恐れているからです。あるいは、あなたが彼らの経済的な競争相手になるからです。若者たちは他人のアイデアを自分たちの文化に取り入れるようなことはしたくないのです」。語り続けるキャンバー所長の狂喜する信徒のようなお説教は、感情のピークに達した。「人々は苛ついているんです!」
キャンバー所長が非営利団体のシニア・プラネット(Senior Planet)を設立したのはそれが理由だ。シニア・プラネットはテクノロジーをテーマにしたコミュニティセンターだ。高齢者たちを脇に追いやっておこうと企む世界の中で、高齢者が道を切り開いていくための支援をしている。センターのガラスのドアには「堂々と老いる」と書かれている。洗練されたグレーと木製のテーブルが並ぶ施設はマンハッタンのチェルシー地区にあり、隣にあるコミュニティ型ワークスペースのウィーワーク(WeWork)がライバルだ。
キャンバー所長はとても興奮していたが、この場所自体も賑やかだった。キャンバー所長と席に着いて話し始めるまでに、私はコミュニティセンターの講座修了生の1人から、指なし手袋を買っていた。売ってくれたのはファイバーアーティストで起業家のマデリン・リッチ。彼女は自作の手袋の大半をオンラインで販売し、その売上で最近カリブ海のクルーズ旅行を楽しんだばかりだという。センターのコンピューター室では、グーグル・カレンダーとグーグル・ハングアウトの使い方を教える授業が行なわれていた。白髪にアビエーターサングラスをかけた洗練された雰囲気のレイチェル・ロスは、シーソルトをまぶした「オペラナッツ」というチョコレート・アーモンドのサンプルをカゴに載せ、スタッフに配って回っていた。ロスはインテリアショップのウエストエルム(West Elm)やポッタリーバーン(Pottery Barn)、ウィリアムズソノマ(Williams Sonoma)、それにネットショップでこのチョコレートを販売している。
受講者が60歳以上という設定には多くの理由がある。彼らのほとんどは、緊急通報ボタンや転倒検知ペンダントを持ち歩きたいとは思っていない。そんなものは余計なお世話だ。無料で受けられる講座と、仲間たちと会うのためにここに集まっている。娘がフェイスブックに投稿した写真を見つける方法を覚えたり、好むと好まざるとに関わらずマンションに導入されたスマートロックシステム(大半は嫌っているが)を理解しようとしたりしている。キャンバー所長の言葉を借りると、「テクノロジーに押しつぶされてしまった彼ら」は、再び世界とつながりたいと思っているのだ。
シニア・プラネットにやってくる人のおよそ5分の1は、テクノロジーを使って仕事をし、お金を稼ぎたいと思っている。「引退後の生活に退屈した」「自分の情熱を副業として形にしたい」など理由はさまざまだが、ハンドメイド作品を購入・販売できるマーケットプレイスの「エッツィ(Etsy)」やインスタグラム、Gスイート、マイクロソフト・ワードの使い方を学びたいと考え、ここに通っているのだ。ペイパルで支払いを処理し、ウィックス(Wix)でWebサイトを作り、役者オーディション用の動画をメールで送りたい。あるいは、同世代の高齢者向けのお店を開き、ふくよかな女性向けの雑誌を出版し、愛犬グルーミング用のバンに乗ってハーレムを走り回りたいと考えている。ここに通う高齢者は、若者よりも目標を実現したいという気持ちが強いかもしれない。一定の年齢に達すると「目の前に広がる地平線は短くなり、夢はより重要度を増し、実現に向けて急ぐ必要性も高まる」(キャンバー所長)からだ。
だがそこには壁があり、彼らは不満を募らせている。「歳を重ねると、アイデアが湧いてきて、それを実現したくなります。そこで誰かのちょっとした助けが必要になります」。この15年間、シニア・プラネットは高齢者の「人生を解放する」手助けをするためのプラットフォームを作ってきた。一部のカリキュラムは加齢に関する著名人からも認知され始めており、米国や国外にも広がりを見せている。
ブレイクした人物を1人挙げるとすれば、カルヴィン・ラムジーがいる。保険販売員として長年苦労してきたラムジーが「劇作家になる」という夢を叶える最後のチャンスに賭けようと決断したのは、50代前半の時だった。そこでラムジーは、戯曲を書き、グリーンブックについての児童書を記した。グリーンブックとは、人種隔離政策が実施されてきた20世紀中頃に、米国内で黒人の車の旅行者を受け入れている店舗やサービスを紹介していたガイドブックである。電子メールの送り方もほとんど知らないまま、苦心して戯曲を書き上げ、本の出版に漕ぎつけた(そのため、売り込みの電話を何度もかけ、郵便局に何度も通う必要があった)。60代で物書きとしてのキャリアが軌道に乗り始めたラムジーは、思い切ってアトランタからニューヨークの演劇シーンの中心へと活動の拠点を移した。
それから間もなく、現代社会に必要なリテラシーから逃げるのを止めるべき時が来たと悟ったラムジーは、いつもどおりの小洒落たスーツに身を包んでシニア・プラネットに足を踏み入れ、初心者向けコースを受講し始めた。まずは、「パソコンを壊してしまう」かもしれないという恐怖を克服した。次に、全国各地で上演される戯曲の脚本を監督や俳優たちに電子メールで送る方法を覚えた。「この方 …
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