「宇宙戦争」の始め方——
人工衛星軌道上の危ない現実
社会的インフラや軍の行動が軌道上の人工衛星に大きく頼っている現在、それらが攻撃されれば大混乱を引き起こしかねず、戦争行為とみなされるかもしれない。多くの人々は、そうした宇宙戦争が未来に起こったら大変なことになるだろうと考えているが、人工衛星への攻撃はすでに始まっている可能性がある。 by Niall Firth2019.11.22
2019年3月にインドは、ロシア、米国、中国に次いで、軌道上の衛星を破壊することに成功した4番目の国となった。インドの「ミッション・シャクティ(Mission Shakti)」は、直接上昇方式の衛星攻撃兵器(ASAT)、簡単に言えば地上から発射するミサイルの実証実験であった。このタイプのASATには通常、誘導システムが付いた金属の塊である「撃破飛翔体」が、弾道ミサイルの先端に装備されている。ミサイルが大気圏を離れるとすぐに、撃破飛翔体はミサイルから切り離され、少しずつ軌道修正しながら標的に近づく。爆発させる必要はない。軌道速度に達した運動エネルギーが標的にダメージを与える。
人工衛星を撃破するアイデアは、人工衛星が誕生した頃から存在する。米国が初めてASATテスト(失敗に終わった)をしたのは1958年で、 旧ソ連による世界初の無人人工衛星「スプートニク」の打ち上げから1年も経たない頃だった。冷戦時代、米国とソ連はどちらも高度な衛星攻撃兵器を開発した。米国は戦闘機から発射できるミサイル(1985年に実験成功)と、敵の人工衛星を破壊できる核弾頭ミサイルを保有していた。中国がASATのテストを初めて成功させたのは2007年だった。
ただし、こうした示威行為とは裏腹に、まだどこの国も他国の人工衛星を破壊したことはない。その主な理由は、そうした攻撃ができる国はたいてい核兵器を保有しているからだ。しかし、人工衛星があらゆる側面の市民生活や軍事行動との結びつきを一層強め、誰か、またはどこかの国が人工衛星への攻撃は危険を冒す価値があると判断すれば、攻撃の可能性は高まり、世界初の本格的な宇宙戦争が勃発しかねない。
少なくともある意味では、スプートニクの打ち上げ以降、ほぼずっと、超大国は人工衛星を使って敵の動きを探り、自国の軍を統率して宇宙戦争を指揮してきた。冷戦時代、米国とソ連は自国に向けた核攻撃を監視し、核兵器を先導するために宇宙を利用していた。宇宙で最初に動けば、核攻撃の前兆と捉えられかねない時代だった。
現在、さらに多くの公共インフラがGPSと人工衛星通信に頼っているため、それらが攻撃されれば大混乱を引き起こしかねない。軍も人工衛星に大きく依存している。米軍がアフガニスタンやイラク上空で飛行させている「MQ-9 リーパー」などの軍用無人偵察機用のデータと配信映像は、人工衛星を通じて人間のオペレーターに送信されている。人工衛星によって収集された機密情報や画像も、世界中の運用センターに送信されている。中国のアナリストの評価によると、宇宙の90%以上は米軍の諜報機関に使用されているという。セキュア・ワールド財団(Secure World Foundation)ワシントン支局長ビクトリア・サムソンは、「人々は宇宙での戦争が未来に起こったら大惨事になるだろうと考えていますが、戦争はすでに起こっているのです」と言う。
宇宙は本質的に、先進的な軍隊の地上での戦いを支援するためのものなので、もはや衛星への攻撃が核による大惨事の始まりを告げることにはならない。ワシントンDCのシンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)の「航空宇宙セキュリティ・プロジェクト(Aerospace Security Project)」を統括するトッド・ハリソンは、「宇宙における戦争抑止力は冷戦時代よりも不透明です」と言う。また、非国家主体や、北朝鮮やイランなどの小国が、はるかに大きな国に宇宙で打撃を与えられる兵器を利用可能になっている。
宇宙戦争は、必ずしも人工衛星を爆破することを意味しない。攻撃性の低い方法として、人工衛星と地上局のデータの流れを妨害するサイバー攻撃などが一般的に含まれる。こうした攻撃を実行しているハッカーもすでにいると考えられる。
たとえば、2008年にノルウェーの地上局がサイバー攻撃を受け、米国航空宇宙局(NASA)の人工衛星「ランドサット(Landsat)」との通信を何者かが12分間にわたって妨害した。その年の後半には、ハッカーがNASAの地球観測衛星「テラ(Terra)」に侵入し、命令を出す以外すべてのことができた。命令することもできたが、あえてやらなかったのかどうかは不明だ。攻撃の黒幕も明らかになっていないが、当時の評論家は中国の攻撃だと指摘した。専門家たちは、ハッカーが人工衛星の通信を遮断し、使い物にならなくすることができると警告している。あるいは、推進剤を焼き払ったり、画像センターを太陽に向けて焼いたりすれば、回復不能なダメージを人工衛星に与えられるかもしれない。
別の攻撃方法としては、人工衛星の信号を妨害(ジャミング)したり、なりすまし(スプーフィング)をしたりすることが一般的だ。たいしたことではない。ハッキングより簡単だし、必要な道具はすべて市販されているのだから。
トラックの後ろにしばしば取り付けられているジャマー(電波妨害機)は、GPSや他の人工衛星システムと同じ周波数で作動し、信号を妨害する。セキュアワールド財団の宇宙政策専門家であるブライアン・ウィーデンは、「攻撃者たちは基本的に、ジャマーの周囲にバブルを投げ散らかして、人工衛星と信号をやり取りできなくします」と言う。電波妨害により、基地局から人工衛星への指令信号を妨害したり、信号が相手に届く前に信号に干渉したりすることが可能だ。
たとえば、ノルウェーとフィンランドでNATO(北大西洋条約機構)の演習中に、ロシアがGPS信号を妨害したことが強く疑われている。また他の紛争にも似たような手段が使われている。ウィーデンは「ロシアは間違いなくウクライナからジャマーを使い、宇宙システムを攻撃しています」という。ジャミングは意図的ではない干渉と区別しにくいため、特定が難しい(米軍は日常的に意図せず自らの通信衛星を妨害している)。アメリカ国防情報局(DIA)の最新の報告によると、中国は現在、軍の通信帯域を含む幅広い周波数を標的にできるジャマーを開発しているという。北朝鮮はロシアからジャマーを購入したと考えられており、イラクとアフガニスタンの反政府グループもジャマーを使用していることが知られている。
一方、スプーフィングは、偽の信号を発信して、GPSや他の人工衛星の地上受信機を欺く手法である。これもまた、驚くほど容易い。2013年夏、テキサス大学の数人の学生が、アタッシュケースほどの大きさのデバイスを使って、GPS信号になりすました信号を発信し、地中海を航行していた8000万ドルのプライベートヨットをコースから数百メートルほど逸脱させた。学生らの行為は検知されなかった(のちに自ら公表した)。ロシアもまた、最重要社会基盤を守る手段として、あるいは、ウラジーミル・プーチン大統領自身が移動の際に自分の居場所を隠してドローンからの暗殺から身を守る手段としてスプーフィングを利用しているようだ。
ジャミングやスプーフィングは、犯人を特定するのが難しいだけでなく、いざというときに自分が所有する装置を信じていいのかという疑念を敵の心に植え付けられる。加えて、いつでもスイッチを切ることができるので、特定はより困難になる。
しかし、人工衛星の機能を麻痺させたいと考える者も、ときにはいるかもしれない。そういった場合はレーザーの登場だ。
文字通りの衛星撃墜用レーザーを宇宙に配備している国はまだない。それだけの出力を持つレーザーに十分なパワーを、地球周回軌道上で電気や化学薬品を使って作り出すのが難しいからだ。
しかし、理論的には、高出力レーザーは、基地局から発射したり、または航空機に搭載したりすることができる。宇宙大国はどこも、こうした兵器に研究資金を投入している。大気圏内のミサイルを標的にした航空機搭載レーザーがテストされているが、誰かが宇宙でレーザーを使って標的を破壊したという証拠はない。DIAの報告書によると、中国が、早ければ来年にも、地球低軌道上で人工衛星の光学センサーを破壊できる地上配備レーザーを導入しようとしている(さらに、2020年代の中頃までには人工衛星の構造にダメージを与えられるようになるだろう)。一般的に、レーザーの目的は人工衛星を爆破することではなく、衛星の画像センサーを圧倒し、機密性の高い場所を撮影できなくすることだ。 恒久的なダメージを与えられるような高出力レーザーを使わない限り、一時的な効果だ。
レーザーは非常に正確に照準を合わせる必要があり、うまく機能させるためには、一部の大型地上望遠鏡と同じように、大気の乱れを補うための複雑な補償光学をすることが求められる。すべて未確認で、否定される可能性は大いにあるが、レーザーがすでに使われている証拠がいくつかある。 2006年に米当局者は、中国領土の上空を通っていた米国の軍事偵察衛星が中国からレーザー照射を受けたと主張した。
「この程度のことはよくあります。攻撃はグレーゾーン化しています。各国は許容される行動の限界を押し広げ、規範に挑戦しています。紛争スレスレのところで留まっています」(ハリソン)。
2016年11月、航空宇宙会社であるAGIの商業宇宙飛行センター(Commercial Spaceflight Center)は、おかしなことが起こっていると気づいた。高性能の太陽電池と新しい推進剤をテストするために設計されたとみられる中国の人工衛星が、打ち上げられてからしばらく後に、同国の他の複数の通信衛星に接近し始め、近くにとどまってから遠ざかって行ったのだ。数キロメートル内の距離は、宇宙においては危険な近さだ。同衛星は2017年と2018年には、別の衛星に接近した。昨年12月に打ち上げられた別の中国の衛星は、独立した制御下にあると見られる静止軌道に到達すると、2番目の物体を放出した。
このとき中国は「共通軌道攻撃」に関する演習をしていたと考えられている。共通軌道攻撃は、物体を標的の人工衛星近くの軌道に送り、所定の位置に移動して命令を待つシステムだ。このような演習は攻撃よりも、他の人工衛星の調査や修理、廃棄などが主な目的と思われる。しかし、共通軌道は敵の人工衛星のデータをジャミングしたり、詮索したりするのにも使えるほか、物理的な攻撃をすることすら可能だ。
ロシアも静止軌道上で演習をしている。ロシアの人工衛星の1つ「オリンプ(Olymp)-K」は定期的にあちこちに移動し始め、一時はインテルサットの2基の商用人工衛星の間に割って入った。別のときには、フランスとイタリアの共同の軍事衛星に接近し、フランス政府は「スパイ行為」と主張した。同じように米国は、宇宙空間を動き回る複数の小型人工衛星をテストしている。
数十年間宇宙を独占してきた米国は、失うものが最も多い。DIAの報告書は、中国とロシアが軍を再編成し、宇宙戦争を最も重要視している点を指摘している(ドナルド・トランプ大統領が宇宙軍のアイデアを復活させたことは、かなり嘲笑されているが、軍事的思考の重要性を高めるかもしれない)。また、米軍内には米国が優位性を失っているのではないかとの懸念が広がっている。ハリソンは、「ロシアと中国は、米国が人工衛星を守る技術を開発するのよりも速いスピードで、宇宙における対戦システムの開発を進めています。そのため、米国は宇宙空間で攻撃を受けやすくなっています」と語る。
これに対し米軍は、発見や攻撃がされにくい人工衛星の製作を始めている。たとえば2022年に打ち上げが予定されている新しいGPS実験用人工衛星「NTS-3」はプログラム可能な可動アンテナが付いており、高出力で通信することでジャミングに備える。地上の管制官との接続が切れても正確性を保ち、信号の妨害を検知するように設計されている。
他の解決策は、1つの人工衛星の回復力を上げるだけでなく、1つひとつはそれほど重要ではない人工衛星を集めたコンステレーション(衛星群)を使うことだ。これは、軍事通信衛星の安価なネットワークを地球低軌道上に作ることを目的とする米国国防高等研究計画局(DARPA)の新しいプログラム、「ブラックジャック(Blackjack)」の背景にある考え方だ。
2019年4月に開催された米国スペース・シンポジウム(National Space Symposium)で、米戦略軍のジョン・ハイテン司令官は、こうした衛星群は核兵器の制御にも使用できると述べた。核の指揮統制は、強化された通信リンクに頼るのではなく、「強化された軍用宇宙、商用の宇宙、さまざまなリンクなど、宇宙のあらゆる要素に通じるほぼ無数の経路が必要です。そうすれば攻撃する側は、メッセージがどのように伝わっているかを決して理解できません」(ハイテン司令官)。
1967年の宇宙条約では、宇宙空間や月のような「天体」において、大量破壊兵器を使用することを禁じている。さらに、天体上での「軍事基地や軍事施設、防備施設の設置」も禁じている。しかし、地球周回軌道上では禁じられていない。宇宙軍事大国は宇宙条約を長い間にわたって批准してきたが、タカ派的なレトリックや行動が一般的になるにつれ、宇宙の平和利用を体系化しようと言う大志はますます遠のいているようだ。>
この数十年間、国連は宇宙を「兵器化」しないことに同意するよう求めてきた。3月にジュネーブで25か国以上の代表者が非公開の会議に集まり、新しい条約について話し合った。英国エクセター大学の那須 仁教授(国際法)は「行き詰まりを打破するのが根本的に難しいのは、大国同士が不信感を抱き続けているからです」と言う。那須教授は同僚と共に、国際法を宇宙に適用するガイドを作成している。
しかしハリソンは、宇宙での紛争を止めるには、冷戦時代と同じように、紛争を実行する意思があり、実行可能であることを強く示すことが唯一の方法だと言う。「現在、私たちはそのような紛争に対する十分な準備ができていません。準備ができていないことが抑止力を弱め、宇宙での紛争がより起こりやすくなっているのです」。
- 人気の記事ランキング
-
- Bringing the lofty ideas of pure math down to earth 崇高な理念を現実へ、 物理学者が学び直して感じた 「数学」を学ぶ意義
- Promotion Innovators Under 35 Japan × CROSS U 無料イベント「U35イノベーターと考える研究者のキャリア戦略」のご案内
- The 8 worst technology failures of 2024 MITTRが選ぶ、 2024年に「やらかした」 テクノロジー8選
- Google’s new Project Astra could be generative AI’s killer app 世界を驚かせたグーグルの「アストラ」、生成AIのキラーアプリとなるか
- AI’s search for more energy is growing more urgent 生成AIの隠れた代償、激増するデータセンターの環境負荷
- ニアル・ファース [Niall Firth]米国版 ニュース担当責任編集者
- MITテクノロジーレビューのニュースルームの責任編集者として、オンライン版全般を監督し、記者チームの管理を担当している。以前は、ニュー・サイエンティスト(New Scientist)誌のニュース編集者、テクノロジー編集者を務めた。ロンドンを拠点に活動。