米国の宇宙開発を支え続けた、ロシア製ロケットエンジン
ビジネス・インパクト

Can SpaceX and Blue Origin best a decades-old Russian rocket engine design? 米国の宇宙開発を支え続けた
ロシア製ロケットエンジン

2000年から長きにわたって、軍事衛星やスパイ衛星の打ち上げをはじめとする米国の宇宙開発を支えてきた大型ロケットエンジン「RD-180」は、実はロシア製だ。しかし、最近になりようやく、米国製のロケットエンジンがRD-180に取って代わろうとしている。 by Matthew Bodner2019.12.02

2000年5月24日の日没1時間前、珍しいロケットがケープ・カナベラル空軍基地の「ローンチ・コンプレックス36」から打ち上げられた。大部分のロケットと同様に、「アトラス3(Atlas 3)」も大陸間弾道ミサイルの構造を受け継いでいる。アトラス3の場合は、核による全面破壊の脅威をソビエト連邦に与える目的で設計された米国初のミサイルが元になっている。それは珍しいことではない。しかし、アトラス3には、以前のものよりはるかに強力な新型の1段目が備わっていた。「RD-180」という名のエンジンは、ロシアの企業であるNPOエネゴマシュ(Energomash)がモスクワ郊外の工場で製造したものだった。ロシア製エンジンが米国のロケットに使われるというのは、宇宙競争の真っ最中だったらあり得ない取り合わせだった。

それ以降の20年間で、RD-180を搭載したロケットがさらに83基、フロリダから打ち上げられた。

アトラス3やその後継機の「アトラス5(Atlas 5)」で、RD-180は米国のスパイ衛星を少なくとも16基を地球周回軌道に投入した。さらに、軍事通信衛星13基、GPS衛星6基、軍事気象衛星2基に加え、ロシアからのロケット打ち上げを特に検知するように設計されたミサイル警戒衛星3基も投入した。米国の火星ミッションも4回打ち上げた。米国航空宇宙局(NASA)が2006年に「ニュー・ホライズンズ(New Horizons)」を冥王星へ向けて打ち上げ、2011年に「ジュノー(Juno)」を木星へ向けて打ち上げた際も、RD-180を使っていた。

RD-180が注目に値するのは、その名を有名にした地政学的な特性だけではない。同時代のどのロケットエンジンよりも、あらゆる意味で単純に優れていたのだ。2019年2月にスペースX(SpaceX)のイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は、同社の次世代ロケット「スターシップ(Starship)」の動力となる予定のラプター(Raptor)エンジンの試験成功を発表した際、ラプターの推力室で達成した高圧について誇らしげに語った。それは海抜ゼロメートルの大気圧の265倍以上という数字であり、ラプターは「とてつもないロシア製RD-180」が数十年間保持していた記録を塗り替えたとマスクCEOはツイートした。

ロシアが2014年にクリミアを併合した際、米国ロケット界の定番としてのRD-180の日々は終わりを告げた。防衛族のタカ派は長い間、RD-180の使用を快く思っていなかったが、同エンジンは非常に質が高く、能力の割には割安だったため使われ続けていた。しかしロシアとの関係にほころびが生じると、ジョン・マケイン上院議員率いる米議会のロシア製エンジン反対派が、2023年以降、米国のロケットにRD-180を使用することを禁ずる法案を成立させた。このため、空軍はRD-180を搭載するアトラス5の後継となる新型ロケットを探さねばならなくなった。

これらの状況から、1つの疑問が浮かぶ。数十年の歴史を持つロシア製エンジンは、いかにして、米国の一流のロケット科学者にとって、自身の成果を測る基準になったのだろうか?

RD-180がなぜ非常に優れたエンジンになったのかを理解したかったら、開発に大量の手間が注がれていることを知っておくことは有益だろう。通常ロケットエンジンの開発は数百人の共同作業となるが、優れた設計の直感を持った人物がいることが極めて重要だ。しかしそれと引き換えに、力ずくや委員会では理解できないほど構造が複雑になる。RD-180の場合、その人物の名は「ヴァレンティン・グルシュコ」だった。

ロシア宇宙史を研究している航空宇宙エンジニア、ヴァディム・ルカシェビッチによれば、月への競争でソ連が米国に負けた後、最高のロケットエンジンを設計することは「国家の優先事項」となった。ソビエト指導部は、世界で最も強力なロケットである「エネルギア(Energia)」を開発して、地球軌道上にある自国の宇宙ステーションを維持し、将来のロシア製スペースシャトルである「ブラン(Buran)」を打ち上げることを望んでいた。グルシュコには最高のエンジンを作るのに十分なリソースが与えられ、彼がエンジンを構築する腕前も確かだった。その成果がRD-180の兄にあたる「RD-170」だった。

RD-170は、「二段燃焼」という手法を使用した初めてのロケットエンジンの1つだ。同じく70年代に開発された、米国のスペースシャトルのメインエンジンもその1つだ。これに対し、アポロ宇宙船を月に打ち上げた「サターンV」ロケットの1段目に搭載された「F-1」エンジンは、「ガス発生器エンジン」という旧式の単純な設計だった。両者の大きな違いは、二段燃焼エンジンの方が効率を高められるが、爆発のリスクが高いということだ。パデュー大学で液体燃料ロケットエンジンを研究するウィリアム・アンダーソン教授は、「エネルギー放出の割合がまさに極限に達しています」と説明する。ロケットエンジンの燃焼室内部で起こっている極限の事態を理解するには、本当に優れた想像力を持った人物が必要になるとアンダーソン教授は言う。ロシアでは、その明敏な人物がグルシュコだった。

グルシュコのエンジンがそれほど優れた技術的成果である理由を理解するには、少々専門的な知識が必要となる。

ロケットの性能を測る主な指標は2つある。ロケットが生み出す力の量を示す「推進力」と、推進剤の使用効率を示す「比推力」だ。大きな推進力を備えていても、比推力が小さいロケットは軌道に到達できない。大量の燃料を運ばなくてはならないため、燃料自体の重量が大きくなり、燃料がさらに必要に …

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