ローレンス・レッシグに聞く、データ駆動型社会のプライバシー規制
経済成長の原動力としてデータ流通に注目が集まり、各国でさまざまなアプローチが展開されている。同時に、GAFAのような巨大プラットフォームによる膨大なデータを収集は監視であるとして、判然としないプライバシー保護やセキュリティに不安の声も増えている。サイバー空間の法制度について先見性に満ちた考察で知られるハーバード大学のローレンス・レッシグ教授に、信頼できるデータ流通のために構築すべきアーキテクチャについて聞く。 by Keiko Tanaka2019.07.29
——あなたは「シェア」や「オープン」といった価値観から、著作者が自分の作品の再利用について意思表示できるクリエイティブコモンズを創設し、そして近年では主権者の意思を反映する議会を求め政治制度改革を主張しています。オープン性やアクセスを重視するあなたにとって監視というテーマはどのような関連性がありますか?
民主主義に関する本をちょうど書き終えた頃、監視技術と民主主義がどう関係しているか考えるようになりました。監視のインフラが広告目的に使われることで、民主主義的な審議を妨害してしまうことが近年の選挙で如実に示されています。広告ビジネスというのはユーザーのデータをもとに、よりユーザーが購入者になりやすくなるように情報を変えて掲示するものです。情報を逃したくないというユーザーの不安を駆り立てることで、滞在時間を伸ばし、自身の情報をなるべくさらけ出してもらうことによって、広告をより正確で効果的にするという仕組みです。フェイスブックはまさにこのような構造を前提にしています。
こうした力学では、ユーザーが好む情報だけが掲示されます。すると二極化が激しくなり、集団の共通理解がなくなり、民主主義を成立させるための対話ができなくなってしまいます。このようにして監視技術は民主主義の脅威となり得ます。これはインターネット技術そのものによる問題ではなく、広告のビジネスモデルに起因する問題です。監視社会であることが、ビジネスモデルを前進させる仕掛けになってしまっているのです。民主主義に害をもたらす、重要な課題だと考えます。
——一般的に、多くのユーザーは日常的に1クリックで利用規約に同意しています。こうした同意の在り方についてどう思われますか?
もっと本来的な次元からとらえる必要があります。わたしは幼い頃から嘘が大嫌いで、必ず真実を語る変わり者でした。それでも当時は、誰もが誠実に暮らすことができました。しかし今日では、些細な嘘をつかずに暮らせません。利用規約を読んだという嘘、そこに書いてあるということに同意したという小さな嘘を日常的につかなければやっていけません。ほんの小さな嘘かもしれませんが、ともすれば平気で嘘をつける世代を育ててしまっています。それは40年前、ソビエト連邦の人々が生き延びるために日常的に嘘をついていたのとよく似ています。文化が個人の誠実さを浸食してしまうというのは大問題です。このことだけを取っても、サービス規約やアクセスの規制手段として同意という基盤を続けるのを断念する十分な理由になると思います。
誠実な回答を得られないことがわかっているのであれば、そもそも尋ねるべきではありません。サービス利用規約でプライバシーを取り締まる方法は間違っています。これからは、データについてどの用途が適切で不適切なのかを割り出し、それらを義務付け、ごくわずかな用途(例えば新しい領域やコンテクスト、脆弱性)に限ってのみユーザーの判断に委ねることを始めていく必要があるでしょう。そしてユーザーが答える質問のスコープをもっと積極的に制限しなければいけません。なぜなら、「誠実さ」という基本的な社会規範を蝕むわけにはいかないからです。
——最近欧州では、ユーザーに帰属するデータの利活用についてはユーザーが判断できるよう、データ主権をうたい始めています。個人データの主権を市民に委ねようとする新しい仕組みづくりについてどう思いますか?
いかにしてユーザーの同意をより良いものにしていくかを目指すというのは間違った戦略です。同意を根拠としてプライバシーを取り締まるべきではありません。なぜならユーザーはデータがどう使われるか実際には理解できず、またその判断のために時間を割く余裕もないからです。ユーザー側でさまざまな意思表示をできるように気の利いた技法を目指す取り組みは、どれも無駄な努力に終わるでしょう。先ほど言ったとおり、人々は真意ではないのに同意するという真似事に慣れ、意思は蝕まれてしまっています。自分の行ないに対して誠実である意味が破壊されてきています。ですから、データを資産化し個人にその采配を渡そうとするトレンドに私はまったくもって反対です。
これらの戦略は、人々に自由意志を行使する力を与えようと見せかけていますが、実際には誰の意思も表さないことがわかっています。なぜなら人々は選択するために必要な知識を持ち合わせていないからです。みな暮らしの中でやることは山ほどあり、実際には選択する立場でいられないのならば、それは本当の選択ではありません。こうした人々の判断を、まるで有効な拘束的権威のある選択してみなすべきではありません。それより、人々が選択する理解力がある部分はどこなのか、もっと控えめにとらえるべきです。判断できる部分は判断してもらい、それを十分に尊重します。それ以外については、なるだけ多く彼らの肩の荷を下し、より分別のある政策によってデータ利用の可否を決めておくべきです。
——個々のユーザーに判断させるのは難しいということですね?
私は、同意モデルに技術的な工夫をしていくよりも、もっと別の道に進むべきだと考えます。別の道というのは、許可すべきデータの用途、禁止すべきデータの用途、人々が判断すべきデータの用途とは何かをはっきりさせていくということです。そして個人が判断すべき領域はなるべく狭くしておくべきです。
もっと多くの政策が必要になります。どの用途が推定上不適切で、どの用途が推定上適切であるか、政策により推定を下すことができます。いつまでもユーザーが自分で良い判断をできるとみなすべきではありません。個々の選択は、人々が集合的にしたい選択ではないからです。
個人というのは、お腹がすいたら、不健康だと知っているのに甘いお菓子に手を出したくなるような弱い存在です。だから、データについて個人に意思決定させたところで、社会全体として良い方向に行くとは考えにくい。同意中心のデータ「管理」ではなく、もう少し人々の状況を謙虚にとらえて、データの「用途」について精査し、政策によって規制するのがもっともらしい策だと考えます。
——一方で、あなたは米国政府が機能不全に陥っているとも話しています。監視技術への猜疑心に苛まれることなく、信頼できるデータ流通による未来の社会を築くためにはどのようにバランスをとっていくべきと考えますか。
一つは鶏と卵のような問題です。今のところ私の口から米国の政府規制が信頼できるとはとても言えません。でもどこかで、信頼できる政府から妥当な規制をしてもらわなければいけないのです。そのためにこの10年、私は政治献金と政治腐敗に関わる制度的な問題について取り組み、人々が信頼できる政府を目指そうと活動してきました。
私の計画としては、まず、データを資産とみなして個人の同意によって利用の可否を決める仕組みを前提とした解決策が広がるのを抑えたい。もっと別の方向からのアプローチを模索することを広めたいと思っています。学界や知識階級による用途規制に関する研究が進むことを期待します。同時に、技術的な論点について精査する判断力を持たない現在の政府に対してキャパシティ・ビルディングを行なっていく必要があるでしょう。
——望ましくない監視社会の到来を防ぐ上で、ビジネスリーダーにはどのような役割があるでしょうか。
彼らには重要な役割があります。それは、政策について自分たちを信頼するな、ときっぱり公言することです。私たちはビジネスリーダーが政策の専門家であるかのように扱うべきではありません。企業のCEOが政府のアドバイザーになるのは、無料のロビー活動のようなものです。彼らは株主の利益配当を最大化することに優れているのであって、世界を救うために命を受けているのではありません。
米国で、ある夫婦が赤子の虎を育て、まるで家族のように暮らすのですが、ある日自分の子どもが虎に噛み殺されてしまうという事件がありました。どんなに愛情をかけて育てたところで虎の本質は獣、人の子には成り得ません。同じことがビジネスに対しても言えるのではないでしょうか。
※本インタビューはデジタルガレージなどが主催する「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2019」の協力を得て実施しました。
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- 田中恵子 [Keiko Tanaka] 京都情報大学院大学 助教
- ラジオレポーター、広告プランナー、英字ニュース編集ほかを経て現職。2012年にデジタル時代の著作権をテーマにした「リミックス映画祭」を企画し、日・英でディスカッションの進行を担当。情報技術の社会的インパクトをメディア論視点で考察することに関心を持っています。一般社団法人IT団体連盟 IT教育委員会 事務局/国際大学GLOCOM 客員研究員。