第3次ブームの先にあるもの——三宅陽一郎が語ったAIの現在と未来
第3次AIブームはどこへ向かうのか? AIリサーチャーの三宅陽一郎氏は、広義のAIは将来、「人間側」と「AI側」に収束していくと予測する。 by Yasuhiro Hatabe2019.08.20
「人工知能を使ったからといって、それが何か偉いわけでも何でもないのです」。
深層学習を起点とする第3次人工知能(AI)ブームの到来から数年が経った。いまやAIという言葉を見聞きしない日はなくなり、企業はビジネスにAIを活用しようと躍起だ。そうした中、いまだに「AI」が万能であるかのように喧伝し、過度の期待を煽る風潮に警鐘を鳴らすのが、AIリサーチャーの三宅陽一郎氏だ。
MITテクノロジーレビュー[日本版]は6月28日、「Emerging Technology Nite #12 ビジネス教養として押さえておきたい人工知能の現在地と未来」を開催した。三宅氏がMITテクノロジーレビューのイベントに登壇するのは2016年11月以来、2度目となる(前回のレポートはこちら)。前回から3年あまり経ったAIの「現在地」を、三宅氏はこれまでの大きな流れを振り返りながら説明した。
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2つの流れ、3つの時期
三宅氏は、「AIの60年にわたる歴史の全体像は、『2つの流れ』と『3つの時期』で把握できる」という。
「2つの流れ」とは、「記号主義」「コネクショニズム」と2種類あるAIのそれぞれの発展の系譜だ。記号主義のAIはグーグルの検索エンジンやIBMのワトソンに代表され、膨大な情報を集め共通する「記号(シンボル)」によって物事を把握する。一方、コネクショニズムのAIはアルファ碁(AlphaGo)などで知られ、人間の脳を模そうと発展してきたニューラルネットによるAIのことだ。
「3つの時期」は、第1次から第3次までのAIブームの各時期に当たる。第1次AIブームは1960年代。米英を中心とする「AI」分野が初めて立ち上がった。ただ、あくまでも学術的なブームであり、社会的なインパクトがそれほど大きなものではなかった。第2次ブームは1980年代。コンピュータが一般家庭に入り、期待が高まったときのことだ。そして第3次が現在である。
「AIがブームになるときには法則がある」と三宅氏はいう。記号主義のAIは積み重ねによりゆっくり少しずつ進展するのに対して、コネクショニズムのAIは、あるとき突然新しい学習方法が発見され、それがブームの端緒となる。第1次ブームの起点はニューラルネットの誕生であり、第2次ブームは逆伝播法(バックプロパゲーション)、第3次ブームは深層学習で火が付いた。
自律性の有無が「狭義のAI」と「広義のAI」を分ける
三宅氏は「AI」「IA」という2つの言葉を挙げ、違いを説明する。AIは、いうまでもなく「Artificial Intelligence」、人工知能のことである。一方のIAは「Intelligent Application」、つまり「知能化」されたアプリケーションを指す。
「本来のAIには明確な定義がある。自分で情報収集をし、自分で認識を形成し、自分で意思決定をして、自分で身体を動かしてその結果を観察する。そういった自律性(Autonomous)がなければAIとは言わない」と三宅氏は説明する。一方「IA」は、インプットとアウトプットが決まっていて、情報処理は知的なように見えても基本的に「受け身」のアプリケーションだ。そこで、自律性を持つ場合を「狭義のAI」、自律性を持たないIAまでを含む場合を「広義のAI」と三宅氏は表現する。
だが、実際には自律性がなくても知性を感じるものなら、IAであってもAIと呼ぶ現状がある。「狭義のAI以外をAIと呼んではいけないわけではない。ただ、AIの話をする際は、狭義と広義のどちらについて話しているのかを理解した上で議論したほうがいい」と三宅氏は話す。
世の中のほとんどのAIは「広義のAI」
実際のところ、現在世に出ているAIのうち「狭義のAI」の要件を満たすものは極めて少なく、ほとんどが広義のAIの範疇にある。
ゼロから狭義のAIをいきなり作ろうとする人はまれだ。ほとんどのAIは、すでにあるものを知能化しようというところからスタートする。ゼロからAIをつくるより、手元にある何かを知能化するほうがずっと速く、実現可能性があるからだ。
「ただし、AIの知能と人間の知能の形が違うことは認識する必要がある」と三宅氏はいう。
人間の知能は「総合的知能」といわれる。1つの体験を他のものに応用できるのが人間の能力だ。対してAIにはそうした能力はほとんどない。AIの知能は「専門的知能」なのだ。応用は効かないが、人間が与えた特定の問題の中では、人間よりも圧倒的に「賢く」なる。したがって人間がAIを使う時は、問題をAIが解けるレベルの専門的な問題に砕いてやる必要がある。
「たとえば、自動運転というと問題が大きすぎるが、『車間距離を保つ』などのように問題を限定する。そうした個別の問題に対応したAIを積み重ねて、1つの大きな問題を解決していけば、大きな問題も解決する可能性が高まる。問題を切ることは人間にしかできないが、その切り方がこの分野では重要。これからは、AIに対して適切な問題を設定する能力が求められるでしょう」(三宅氏)。
AIの研究は、機械が人間のように総合的な問題を解けるようにソフトウェアを進化させることだといえる。いわゆる「フレーム問題」の限界を広げる試みだ。「深層学習によってAIに解ける領域は、従来に比べて格段に広がった。ただ、人間が解ける全問題領域に比べれば『少し』。概念を扱うような問題や、問題を作り出すこと自身を含めて、⼈間の知的活動のすべてをカバーするようになるにはまだまだ時間がかかる」(三宅氏)。
第3次AIブームのその先
最後に、「第3次AIブームは今後どうなるのか」との会場からの質問を受けて、三宅氏は今後のAIの進化の見通しを話した。
「これまでの技術の進歩を振り返ると、最初に機械のない時代があった。産業革命で機械が人間の代わりに働くようになり、機械が世の中にあふれるまで機械を作り続けた。すると今度は、コンピューターが出てきて人間の代わりに機械を制御するようになり、コンピューターが世界にあふれるまで作り続けられた。そのコンピューターがインターネットでつながって、世界の隅々までネットでつながった。今後、AIが世界に行き渡るまでいまの動きは止まらないだろう」(三宅氏)。
AIが世にあふれた時、2つの方向に収束していくと三宅氏は話す。「当面のAI技術の進歩は、アプリケーション・レベルで進むと思います。そして、1つは『人間側』、もう1つは『AI側』に収束する」。
「広義のAI」であるIAを纏うことで人間の能力が拡張され、一方で「狭義のAI」である自律型・汎用型AIの進化が極まる。そして、両者の相互作用によって人間とAIの関係がより高次の関係にアップデートされる世界、レイ・カーツワイルが説いたシンギュラリティが訪れる——というのが三宅氏の見立てだ。
「コンピューターが世界に広まるのに20年、インターネットが世界に行き渡るまで20年かかったことを考えると、そのような世界が来るのは2035年頃ではないか」と三宅氏は予測した。
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- 畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
- フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。