気候変動に関連して、現在流行している漠然とした不安とは対照的に、経済学者を中心に支持されている、ある冷静な計算値がある。支持者たちはこの値を、これまで人々が耳にしたことのない最も重要な数値だという。
それは、「炭素の社会的費用」と呼ばれる数値だ。二酸化炭素が大気中に1トン放出されることで地球にもたらされる被害額を表す値であり、気温上昇と海面上昇を使って算出する。炭素1トンの排出を回避するために、私たちが惜しまず支払えるはずの金額だ。経済学者たちは、炭素の社会的費用は気候変動問題における意思決定に合理性をもたらす強力な指針となると考えており、適正な数値を巡って10年間小競り合いを続けてきた。
炭素の社会的費用は一般的に、二酸化炭素排出が今後数百年の間に世界の健康、農業、経済にどれだけ影響を与えるかを把握する手段となる。米カリフォルニア大学バークレー校の経済学者であるマクシミリアン・アウフハマー教授は、炭素の社会的費用について次のように説明する。「3200キロメートルの移動で車の排気管から放出される二酸化炭素を約1トンと考えると、サンフランシスコからシカゴまでの車移動によってもたらされる被害にほぼ匹敵します」。
炭素の社会的費用の一般的な見積もりは、1トンあたり40ドルから50ドルとされている。平均的な乗用車でサンフランシスコからシカゴまでの車移動にかかる燃料の費用は現在およそ225ドルだ。つまり、炭素の社会的費用まで受け入れるとすると、燃料費だけの場合よりも支払う金額が約20%多くなる。
しかし、炭素の社会的費用の数値には議論の余地がある。バラク・オバマ米大統領が2016年に招集した米連邦作業部会は約40ドルと評価したが、トランプ政権はここのところ、1ドルから7ドルに置いている。学術研究者の中には400ドル以上もの数値を挙げる人もいる。
なぜ数値にこれほど幅があるのか?炭素の社会的費用は将来の被害の評価次第で変わる。排出された二酸化炭素が気候にどんな影響を及ぼすかについては不明な点が多い。もう1つの理由として、気候変動が長期的に人々にどのような影響を及ぼすかについて、実際にはほとんど知見がないことが挙げられる。もちろん、より激しい暴風雨とひどい山火事、熱波、干ばつ、洪水が起こることはわかっている。氷河が急速に溶け、繊細な海洋生態系が破壊されていることもわかっている。しかし、気候変動が、米アイオワ州エイムズ、またはインドのバンガロール、ロシアのチェリャビンスクに暮らす人の生活や平均余命に、一体どんな影響を及ぼすというのだろうか。
ここに来て初めて、気候変動の経済的および社会的影響に関する膨大な量のデータや、そうしたデータを理解するための計算能力が利用可能になってきている。この機会を利用して正確な炭素の社会的費用を計算することは、気候変動に対する投資額と、最初に取り組むべき問題を決定するのに役立つはずだ。
「炭素の社会的費用は世界経済でたった1つのもっとも重要な数値です」とカリフォルニア大学バークレー校の気候政策専門家であるソロモン・ショーン教授は言う。「この数値を正しく把握することが極めて重要です。しかし、現時点ではほとんど見当もつきません」。
だが、こうした状況は間もなく変わるかもしれない。
命の値段
これまでは、炭素の社会的費用の算出といえば通常、気候変動が世界の経済成長をどのように鈍化させるかを予測することが目的だった。コンピューターモデルを使って世界を最大十数個程度の地域に分割し、予測される気候変動の影響を平均して、世界GDPへの経時的な影響を導き出した。それはどう見ても荒削りの数値だった。
ここ数年、経済学者、データ科学者、そして気候科学者が協力して、気温、海面、降水量のパターンが死亡率、作物収量、暴力、労働生産性などにどのような影響を歴史的に与えてきたのか調べることで、気候変動の影響に関するより詳細で局所的な地図が作成されている。このデータをますます高度化する気候モデルに取り入れれば、地球の温暖化の影響を把握できる。
豊富な高解像度データによって、少なくとも理論上は、はるかに正確な数値を導き出せる。ショーン教授は、シカゴ大学、カリフォルニア大学バークレ …