森林とともに生きるオーストラリアの住民たち——山火事から命を守る戦い
持続可能エネルギー

Inside Australia’s plan to survive bigger, badder bushfires 森林とともに生きる
オーストラリアの住民たち
山火事から命を守る戦い

「燃えやすい大陸」オーストラリアは、大規模な山火事をこれまで数多く経験してきた。家を失い、命が失われても、住民の多くは森林に住み続ける。世界中で大規模な山火事が相次ぐ中、オーストラリアは世界に先駆けて有効な対策を示せるのだろうか。 by Bianca Nogrady2019.07.26

オーストラリアの世界遺産、ブルー・マウンテンズが燃えている。私は、家の戸口に立ち、周囲を見渡した。手作りの敷物、さまざまな工芸品、本でいっぱいの棚、散らばったおもちゃ。家は、まるで火薬庫のようだった。壁やドア、バルコニー、窓枠すべてが木でできており、青々とした樹木の茂る丘の斜面に建てた家だった。私は、すべてが燃えて灰の山と見分けがつかなくなる様子を想像した。

「どうか燃やさないで」と、それで事態が変わるかのように私はつぶやいた。

私は家に鍵を掛け、夫と2人の子ども、積めるだけの貴重品を詰め込んだ車に乗った。

2013年10月21日、1カ所ではなく3カ所で発生した山火事が、ユーカリの森で猛威をふるった。油を含んだゴムの木の葉は、ブルー・マウンテンズに特有の色合いを添えるが、極めて燃えやすい。当局は、27の山村、8万人に対し、冷淡な警告を出した。消防隊も含め、誰も住民の安全を保証できない、最善の行動は逃げることだ、と。

私たちは逃げた。

結局、町は被害を受けずにすんだ。最終的に、この山火事によって原生林端の周辺にあった200軒以上の家屋が焼失したが、幸いなことに死者はいなかった。

オーストラリアは植民地時代、数々の山火事に見舞われてきた。あまりに規模が大きいため、それぞれに名前がついている。1926年の「ブラック・サンデー(Black Sunday )」、1939年の「ブラック・フライデー(Black Friday)」、1967年の「ブラック・チューズデー(Black Tuesday)」、そして1983年の「アッシュ・ウェンズデー(Ash Wednesday)」だ。最悪だったのは、2009年2月7日にヴィクトリア州を襲った「ブラック・サタデー(Black Saturday)」である。わずか2日間で、15カ所で発生した火災がヴィクトリア州を焼き払った。記録的な熱波や強風、大気の乾燥が原因だ。炎は町全体を破壊し、173人が亡くなった。こうした山火事と比較すると、ブルー・マウンテンズでの私の経験は取り上げるに値しない。

「確かにオーストラリアは、最も燃えやすい大陸です」とオーストラリア国立大学のジェフ・ケアリー准教授(森林火災科学)は話す。それは事実だが、こういった深刻な山火事に直面しているのは、オーストラリアだけではない。最近では、カリフォルニア州やチリ、ブリティッシュ・コロンビア州(カナダ)が、記録的な山火事に襲われている。スウェーデンやイギリスなど、あまり山火事がなかった地域でも、深刻な熱波や干ばつにより、かつてないほどの山火事が発生している。

実際、オーストラリアは大規模な森林火災で知られているが、過去100年間の山火事による経済的損失は、米国やインドネシア、カナダ、ポルトガル、スペインを下回る。

ただし、大きな違いが1つある。他の国々がこの問題に対処する最善の方法を議論する中、ブラック・サタデーの恐怖からオーストラリアの対応は劇的に変化した。

400人以上の目撃者の証言を得たブラック・サタデー王立委員会は最終報告書で、この悲劇を1回限りの出来事として扱うのは間違っているとしている。「農村部と都市部の境界における人口増加と気候変動の影響で、山火事関連リスクが高まる可能性があります」と述べている。以来、住宅設計や新しい建築手法、都市計画の変更、避難政策、緊急警報システムなどが、大きく変化した。

また、最大の変化の1つは、最も基本的なことだった。火災リスクの評価方法の見直しだ。

極限を超えたレベル

オーストラリアの火災危険指数は、地元の火災研究者アラン・マッカーサーによって考案され、1967年以来使用されてきた。この指数は、湿度や気温、風速、長期的・短期的な干ばつの影響から、火災リスクと潜在的な深刻度を評価する。元々、最高レベルの警告は「極限(Extreme)」だったが、2009年、当局はさらに高レベルの新しい警告を追加した。「大災害(Catastrophic )/コード・レッド」だ。

現在、ブラック・サタデー級の気象状況は20年に一度発生している。「どんな季節でも、ブラック・サタデーのような状況になる可能性は、およそ5%あります」と、オーストラリア政府の科学機関であるオーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)で森林火災都市設計を研究しているジャスティン・レナード研究主任は話す。しかし、2050年までには約15%、2100年までには、およそ30%に増加すると予測されている。

だからこそ、山火事が悪化し、これまで以上の対応が必要だという事実を反映する異なる視点として、コード・レッドが導入されたのだ。

「ブラック・サタデーの教訓があるとすれば、火災は大きくなることがあるため、炎の前に立ちはだかり、家を守ろうとしてはいけない、ということです」。非営利型株式会社の山火事自然災害共同研究センター(Bushfire and Natural Hazards CRC)のリチャード・ソーントン最高経営責任者(CEO)は話す。

コード・レッドは、火災救護隊や消防隊員が明らかに立ち向かえず、ほとんどの家が炎に絶えきれないような山火事が発生することを示している。また、コード・レッドは火災の前線が近づくずっと前に自宅を離れることが、生きるための最善の選択肢だと警告を発する。ブラック・サタデーの犠牲者の3分の2が、家の中またはその近くで亡くなっているためだ。コード・レッドは「速やかな避難」を意味している。

「あの日、ヴィクトリア地域では、ほぼ確実に大規模な火災が起こると予想されていました。問題は、どの地域で発生するかだったのです。ある意味、こういった状況では、数千件の家を失い、死傷者が1人や2人で済めば良い方だと、当時の私たちは甘んじて受け入れていたのです」(CSIROのレナード研究主任)。

だが、厳しい現実を受け入れても、オーストラリア国民が、完全に建物を失っていいと思っている訳ではない。

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