検査で遺伝子に異常があるとき、家族に知らせるべきか?
ある女性がゲノム配列を解析した時、一卵性双生児の姉妹のプライバシー問題が持ち上がった。 by Emily Mullin2016.11.23
2015年8月、サマンサ・シリットは採血のために主治医を訪れた。人類遺伝学を専門とするハーバード大学の博士候補であるサマンサは、人間のDNAの全情報が得られる検査「全ゲノム配列決定(WGS:Whole Genome Sequencing)」で、自分の遺伝子の秘密を解明したくてうずうずしていた。
WGS等の遺伝子検査前にはインフォームドコンセントが必要だ。しかし米国には、自分の遺伝子情報の取り扱いを制限したり、同意のプロセスで、患者の家族に参加を要求したりする法律はない。問題は、個人の遺伝子は誰のものか、である。家族には多くの共通する遺伝的形質があり、特定の病気に関連する同じ遺伝子異常を共有している可能性がある。
シリットは数カ月後に検査結果を手にした時、神経科学を専門とするブラウン大学の博士課程学生である一卵性双生児の姉妹、アリエル・シリット・ニテンソンが検査を不安に感じているのは考えてもみなかった。2人は、自分たちの体験に関する記事を遺伝子カウンセリング誌に共著で発表した。
「あなたの遺伝子情報は、あなただけのものではありません」とニテンソンはいう。シリットとニテンソンは一卵性双生児として、ほぼ同じゲノムを持っている。つまり、シリットが検査で得た重要な情報は、ニテンソンにも関係があるのだ。
シリットと異なり、ニテンソンは自分のDNAに潜む突然変異の可能性についてさほど興味はなく、誰がそのデータにアクセスするかを懸念している。自分の情報を、研究目的や保険会社に彼女を差別する目的で使われたくないのだ。2008年、連邦議会は遺伝情報差別禁止法(Genetic Information Nondiscrimination Act)を成立させたが、健康保険と雇用分野では遺伝情報に基づく差別的取扱いを禁止しているが、生命保険や障害保険、長期介護保険には適用されない。
遺伝学の専門家で作られる組織、米国臨床遺伝・ゲノム学会(American College of Medical Genetics and Genomics)のデビッド・フラナリー会長は、遺伝データの共有とプライバシーに関する懸念は以前からあった、という。しかし、2013年に全ゲノム解析が事業化されたことで、問題はより複雑になった。遺伝子検査からは膨大な量のデータが生成されるが、科学者が病気のリスクと関連付けられるデータは、ごくわずかだ。
シリットの検査結果によると、姉妹は極めて健康なゲノムを持つが、ごく一部の軽度疾患の遺伝的キャリアであることが判明した。しかし、今年始めにニテンソンが第1子を妊娠した時、そのうちのひとつにリスクがあった。遺伝子変異のひとつが出産時に問題を引き起こす可能性があったのだ。遺伝的異常により、痛みを緩和するための一般的な方法と出産方法がニテンソンと子どもにリスクをもたらす可能性があったのだ。現在、妊娠28週目のニテンソンは、検査結果から得た知識をもとに出産時の代替案を考えるよう産科医に伝えた。
シリットが自分の遺伝情報を一般公開する意欲がある一方で、ニテンソンはお腹にいる娘のプライバシーの問題から、遺伝的異常の開示を望んでいなかった。しかし、情報を共有しても不安を感じない内容と、非公開にする内容を話し合うことで2人は合意した。
サラ・ローレンス大学で遺伝子カウンセリングの倫理的問題を教えるローラ・ハーチャー教授は、シリットとニテンソン姉妹の遺伝情報の取扱い方は、遺伝子を検査する家族にとって、最高のシナリオだという。
全ゲノム配列決定(WGS)と全エクソーム配列決定において、同意手続き機関によってバラバラだとハーチャー教授はいう。同様の検査を提供する企業には、自社で同意書を作成する企業がある一方で、ゲノム配列決定を提供するクリニックや医療制度では、遺伝子鑑定に伴う考えられるメリットと結果について患者とコミュニケーションをとる場合に独自の手順をとっている。ほとんどの場合、遺伝子検査には医師のサインが必要だが、担当医師が遺伝学について特殊な訓練を受けているかどうかは問われない。
シリットは、双子の姉妹について担当医師に説明したが「会話の中でアリエル(ニテンソン)に関しては全く触れず、姉妹にとっての検査結果の意味合いには言及がなかった」とシリットはいう。
ゲノム配列決定において特定の深刻な疾患に関連する遺伝子変異が判明した場合、家族に告知するよう患者に伝える義務が医師にはある、とハーチャー教授はいう。しかし、家族の誰かが遺伝子検査を希望する場合「家族にそれを拒否する権限はない」とハーチャー教授はいう。
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- エミリー マリン [Emily Mullin]米国版
- ピッツバーグを拠点にバイオテクノロジー関連を取材するフリーランス・ジャーナリスト。2018年までMITテクノロジーレビューの医学生物学担当編集者を務めた。