米国空軍は、世界的に見て極めて先進的な戦闘部隊の1つだが、人工知能(AI)の時代に、その優位性を失うことを懸念している。
こうした対策として米国空軍は5月20日、AIの開発と活用に焦点を当てたマサチューセッツ工科大学(MIT)との共同プロジェクトを発表した。この「空軍AIインキュベーター(Air Force Artificial Intelligence Incubator)」では、「公益のための」AIの使用に焦点を当てるという。つまり目的は、武器を開発することではなく、空軍による人道的活動だということだ。もっとも、この但し書きは、確実と言うにはほど遠い。しかし、MIT学生や地域社会の反発を防ぐためには重要だ。
米国空軍のヘザー・ウィルソン長官は、MITテクノロジーレビューの取材に対し、空軍の科学テクノロジー戦略においてAIが重要な要素になるだろうと述べている。4月に発表されたこの戦略計画は、新しいテクノロジーをより迅速で効果的に活用する必要性を挙げている。
空軍はすでに膨大な数の研究開発に出資しており、1万以上の異なる事業体と契約または協定を結び、 基礎研究と初期研究に年間25億ドル、応用技術の研究開発に250億ドルを投じている。MITとの今回の共同プロジェクトでは、11人の空軍メンバーとMITの教授や学生がさまざまな共同研究に取り組み、年間1500万ドルの予算を充てる予定だ。 米国国防総省はすでにMITとの共同研究センターとして、1951年に設立したリンカーン研究所( Lincoln Laboratory)を有している。
今回発表されたプロジェクトを今後どのように進めるかについて、現時点ではまだ明確にはなっていない。軍と産業界との協働には問題があることが明らかになっているため、なおのことだ。特筆すべきは、グーグルのクラウドAIチームが関与した「メイブン(Maven)」と呼ばれたプログラムが、同社の従業員の反発を受けたことだ。クラウドプラットフォームを使用して、航空写真の被写体を識別しようとしたが、最終的には武器の標的を定めるためにAIが使われるのではないかとの懸念が浮上。結果的にグーグルは、空軍との契約を更新しないことを選択し、武器化される可能性があるテクノロジーへの取り組みを排除するというAIに関する新しい倫理規程を策定した。
空軍AIインキュベーターの共同研究を担う予定のMITコンピューター科学・人工知能研究所(CSAIL)のダニエラ・ラス所長は、広く学術研究者の関心が集まっている非常に重要な問題に取り組むつもりだと述べている。「災害救援時には、地図が役に立たない可能性のある環境、つまり、地図に示されたものがそこにまだ存在しているかどうかを予測できないところに行かなければなりません。AIを適用することで、非常に多くの不確定要素や複雑な状況にも対応できます」。
MITのマリア・ズーバー研究担当副学長は、空軍との共同研究には、空軍が掲げる目標を支援することに興味を示した者のみを関与させ、「協力を無理強いすることはありません」と話す。ズーバー副学長はまた、「MITは武器の研究はしません」と語り、武器技術の開発への関与を懸念する人々を安心させようと躍起だ。
空軍AIインキュベーターは、産学界の研究室で開発されたアルゴリズムや手法が、軍事面でも非常に大きな影響を持つ可能性が高まっていることを反映している。 機械学習は、給与計算から物流まで、多くの日常業務を最適化できるが、同様に情報収集と有用な洞察の抽出という重要な使命においても重要だ。これらは人々がAIの軍事的応用について考えるときにしばしば引き合いに出される、武器システムの自律性に関わる話題よりも、はるかに広範にわたるものだ。
今回の提携は、空軍のAI能力を向上させるための取り組みの一環だ。ペンタゴン(アメリカ国防総省)は2月に、軍へのAI導入の計画の概要を示す非機密文書(pdf)を公開した。この文書は、米軍が優越性を維持するために、AIが極めて重要であることを明確にしている。また、他の国々、特にロシアや中国におけるAIの軍事採用も、米国がAIを推進する重要な要因になっているとウィルソン長官は指摘する。
全体的な戦略の鍵となるのは、国防総省全体でAIの専門知識の核として機能する、共同AIセンター(JAIC:Joint Artificial Intelligence Center)だ。 JACIで人道的ミッションを率いるジェイソン・ブラウン大佐によると、MITとの新しいインキュベーターは空軍の活動を完全に再考する取り組みの一部だという。
「1つ分かっていることは、我々がAIを通して全体的な変革をする必要があるということです。学ぶべきことはたくさんあります」とブラウン大佐はいう。