トランプ政権は、炭鉱労働者の希望と地球の未来を粉砕する
天然ガスが低価格で大量にある限り、次期大統領の規制改革で石炭産業が復活することはない。 by James Temple2016.11.16
大統領選挙戦中に石炭産業の街を訪れたとき、ドナルド・トランプは炭坑労働者の職を取り戻すことを繰り返し約束し、40年にわたる衰退の歴史を覆すと誓った。
5月前半、共和党指名候補者だったトランプは、ウエストバージニア州を訪れ、ヘルメットを被るか「トランプは石炭を掘る」と書かれたプラカードを掲げ歓声を上げる大勢の炭坑労働者を前に「必死で働くことになるから、準備しておけ」といった。
先週の逆転勝利により、次期大統領は、多くのエネルギー専門家がずっと空手形と指摘してきた政策を実現しなければならない。実現できなければ(恐らくできない)、任期4年間をかけて、なぜ実現できなかったかを説明することになる。
トランプ政権が、化石燃料業界でとても不人気な環境規制をすぐに緩和し、温室効果ガス排出量を危険なレベルまで上げることは間違いない。だが、規制を緩和したところで、今から石炭産業が復活することはまずあり得ない。
実は、規制そのものは、石炭産業の本当の問題ではない。問題は市場原理なのだ。石炭の本当のライバルは、過去10年間に、水圧破砕によって大量のガスが採集可能になった低価格の天然ガスであり、石炭の価格では、とうてい敵わないのだ。
また、炭坑労働者は1970年代のブーム以降ずっと減り続けている。米国全体の経済活動が活発になっても減り続けたのは、山頂採堀や露天採鉱などの機械化により、労働集約型の採鉱方法でなくなったことが大きな原因だ。米国では、1979年に25万人以上の労働者が石炭鉱山で働いていたが、労働統計局によると、10月時点で炭鉱労働者数は5万4000人未満だ。
もちろん、これは石炭産業が好む話ではない。石炭関連企業や炭坑労働者が打撃を受けたのは、環境保護に過剰に傾倒したオバマ政権の「石炭撲滅キャンペーン」が原因だといいたいのだ。
ウエストバージニア大学法学部のエネルギー持続的開発センターのジェームズ・バン・ノストランド所長は「石炭産業がもっと時間をかけて、イノベーションや問題解決に取り組むことに集中し、EPA(環境保護庁)で抗議運動を続けていなければ、今の惨状は避けられたかもしれません」という。
クリーンエネルギーへの国際的需要が高まっており、石炭産業は、無意味なスローガンではなく、「クリーンコール」(二酸化炭素の排出を抑える石炭火力発電)の実現のための二酸化炭素の回収・貯蔵技術の研究にほんのわずかな額しか投資してこなかった。
ただし、こうした事実により、トランプ政権が石炭産業を支援しない、といいたいのではない。トランプ政権は、イデオロギー的にエネルギーの規制緩和を推進するとも考えられる。トランプは、気候変動は中国が言い続けているでたらめだと述べた。せっかく発効したパリ協定から脱退するとも誓った。トランプが論じているのは、環境保護庁の廃止、オバマ政権の「クリーン・パワー・プラン」の撤回だ。トランプの大統領選挙戦中のエネルギー問題に対する姿勢は、オバマ大統領の新規炭鉱リースの一時停止措置を廃止し、「何百年も埋蔵されていたクリーン・コール」を解放することだ。それに伴って、炭鉱候補地への規制を緩和するだろう。
確かに、こうした政策の変更で、石炭採掘と石炭火力発電量を維持できるかもしれない。また、限られた数の仕事を保護できるかもしれない。特に、新政権で危機に瀕するクリーン・パワー・プランは、各州にエネルギー産業の二酸化炭素排出量の削減を求めていた。そのため、石炭生産量を大幅に削減し、石炭燃焼工場の閉鎖を加速させていた、とエネルギー情報局は分析している。
だが、トランプの予想される変革はどれも、石炭への新たな需要をそれほど高めはしない。天然ガスは低価格を維持し続け、近い将来に必要な量が十分埋蔵されている。にもかかわらず、トランプは水圧破砕の規制緩和まで約束した。
信用格付け企業、スタンダードプアーズの炭鉱アナリストのチザ・ビッタは、次期大統領の政策は、石炭産業の衰退を遅らせるのがせいぜいで、現時点から以前のような繁栄は期待できない、という。
批判的に見れば、石炭産業を再活性化させる努力が失敗に終わっても、大きな損害が発生する。トランプのエネルギー政策では、二酸化炭素の排出量が数十億トン単位で増加するのだ。地球環境はすでに難しい状況にあるが、深刻な温暖化レベルへの到達を避けるのはさらに難しくなる。その結果、環境災害が次から次へと発生するかもしれない。
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- ジェームス・テンプル [James Temple]米国版 エネルギー担当上級編集者
- MITテクノロジーレビュー[米国版]のエネルギー担当上級編集者です。特に再生可能エネルギーと気候変動に対処するテクノロジーの取材に取り組んでいます。前職ではバージ(The Verge)の上級ディレクターを務めており、それ以前はリコード(Recode)の編集長代理、サンフランシスコ・クロニクル紙のコラムニストでした。エネルギーや気候変動の記事を書いていないときは、よく犬の散歩かカリフォルニアの景色をビデオ撮影しています。