KADOKAWA Technology Review
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ビル・ゲイツ特別寄稿
「未来を発明する方法」
Ian Allen
Bill Gates: How we’ll invent the future

ビル・ゲイツ特別寄稿
「未来を発明する方法」

MITテクノロジーレビューは年次リスト「ブレークスルー・テクノロジー10」の2019年版を発表するにあたり、初めて外部の識者に選定を依頼した。ゲスト・キュレーターのビル・ゲイツ氏が、リストを作成するにあたって考えたイノベーションの進化と、私たちがこれからどのような未来に向かうのかを寄稿してくれた。 by Bill Gates2019.04.23

MITテクノロジーレビューから、「2019年版ブレークスルー・テクノロジー10」における初めてのゲスト・キューレーターの依頼を受け、大変光栄に感じた。しかし、リストを絞りこむのには、ずいぶん悩んだ。2019年に脚光を浴びるだけでなく、テクノロジーの歴史における布石となるようなものを選びたいと思ったからだ。それがきっかけとなって、イノベーションというものがこれまでどのように進化してきたかについて考えてみた。

あらゆるものの中から、最初に思い浮かんだのは「鋤(すき)」だ。鋤はイノベーションの歴史を見事に体現している。人類は、メソポタミア文明時代に農民が先を尖らせた棒で土を耕していた紀元前4000年頃から、ずっと鋤を使い続けている。それ以来、人々は鋤を少しずついじりながら改良していき、現在の鋤は驚くべき技術革新の成果となっている。

では、鋤の目的とは一体何なのだろうか? 鋤はより多くのものを作り出すための道具だ。つまり、より多くの種を蒔き、より多くの農作物を収穫し、より多くの食べ物を作り出すための道具だ。十分な栄養を摂取することが難しい地域では、鋤のおかげで人々がより長く生きられるようになったと言っても過言ではない。鋤は、他の多くのテクノロジーと同様、古代から現代にわたり、より多くを作り出し、作業をより効率的に実施し、より多くの人々に恩恵をもたらしてきた。

鋤を、研究室で作り出す肉と比較してみよう。研究室で作り出す肉は、私が「2019年版ブレークスルー・テクノロジー10」に選んだものの1つだ。研究室で動物性たんぱく質を作り出すことの目的は、より多くの人々の食を賄うことではない。食肉の需要は増加しているとはいえ、世界中の人々の食を賄うのに十分な数の家畜はすでに存在している。次世代のたんぱく質で重要になるのは、より多く作り出すことではなく、より良く作り出すことなのだ。これによって、人口増加を続け、より物質的に豊かになった世界中の人々に、森林伐採やメタンガスの放出を引き起こすことなく、たんぱく質を供給可能になる。さらに、ハンバーガーを食べるためにどんな動物も殺さずに済む。

別の言い方をしてみよう。鋤は人々の人生(life)の「量(長さ)」を改善し、人工肉は人生の「質」を改善する。人類の歴史の大半において、人々は前者のために革新的な才能のほとんどをつぎこんできた。そしてその努力は報われた。全世界における寿命は、1913年に34年であったのが、1973年には60年となり、今や71年となっている。

寿命が長くなると、人々の目はより良く生きることに向けられるようになる。こうした変革が現在、ゆっくりと起こりつつある。科学的なブレークスルーを、人生の量を改善するものと人生の質を改善するものの2つのカテゴリーに分けるとしたら、今年のリストは2009年のリストから大きく変わったようには見えないだろう。ほとんどの進歩がそうであるように、変化はとてもゆっくりしているため、それを感じ取るのは難しい。1年単位の話ではなく十年単位で考える必要があり、私たちはまだ移り変わりの中間地点に達したばかりであると思う。

はっきりさせておくが、私は人類が寿命を延ばすための努力をまもなくやめるなどとは思っていない。世界中の人々が完璧な健康状態で高齢を迎えられる世の中からはまだほど遠く、そうなるまでには多くのイノベーションが必要となるだろう。さらに、「人生の量」と「人生の質」は互いに相反するものではない。マラリアのワクチンは 命を救うものであると同時に、ワクチンがなかったらマラリアによって成長が遅れたままになるであろう子どもたちの人生の質を向上させるものでもある。

現在人々は、「人生の量」と「人生の質」の両方の目標に同時に取り組んでいる段階に来ており、だからこそ今のこの時代が非常に興味深いものとなっている。今から数年先にこのリストがどうなっているかを予測するとしたら、慢性疾患を緩和させるテクノロジーが大きなテーマとなっているだろう。これは、単に新たな医薬品の開発にとどまらない(アルツハイマーのような病気の新たな治療法がリストにあがれば大変嬉しいが)。そうしたイノベーションは、たとえば神経痛を患う人が体の柔軟性を維持するための機械仕掛けの手袋だとか、うつを患う人々が必要とする援助にアクセスできるようにするアプリなどかもしれない。

さらにもっと先、たとえば今から20年後のリストには、より良く生きることに全面的に焦点を当てたテクノロジーが出てきていて欲しいものだ。未来の才気あふれる人々は、今よりももっと形而上学的な疑問に目を向けていることだろう。どうしたら人々をより幸せにできるのか? 意義深いつながりを築くにはどうしたらよいのか? すべての人が充実した人生を送るにはどうしたらよいのか?

こうした疑問が2039年のリストを形作っているとしたら非常に喜ばしいことだ。人類が病に打ち勝ち、気候変動に対処したことになるからだ。これ以上大きな進歩の証は思いつかない。しかし現時点では、イノベーションのもたらす変化は、寿命を延ばすものと生活をより良くするものとが入り混じった状態だ。私が選ぶテクノロジーは、その両方を反映させたものだ。それぞれのテクノロジーが、明るい未来を予測させてくれる相異なる理由を持っている。みなさんもまた、これらのテクノロジーに感化されることを願う。

私の選んだテクノロジーの中には、早産を予測するシンプルな血液テストから、命取りとなる病原体を死滅させるトイレまで、やがて人命を救うようになる素晴らしい新たなツールが含まれている。リストにあげた他のテクノロジーについても、どのように人々の生活を向上させてくれるのか期待に胸が膨らむ。手首に装着するECG(心電図)のようなウェアラブル健康モニター機器は、切迫した心臓の問題を心臓病患者に警告するだろうし、血糖レベルを追跡するだけでなく糖尿病のコントロールにも役立つようなものもある。次世代原子炉は、炭素を排出しない安全なエネルギーを世の中に供給してくれるだろう。

リストの中には、個人の充足感が世の中の主な目標となっているような未来の世界を垣間見させてくれるものもある。さまざまな多くのアプリの中でも、人工知能(AI)駆動のパーソナル・エージェントは受信箱の電子メールを管理しやすくし、自由に使える時間がもっと増えたときに何が可能になるかを思いつくようになるかもしれない。

電子メールを読むのに費やしていた30分を、他のことに使えるようになる。空いた時間をさらに仕事に費やす人もいるだろう。しかし、私としては、ほとんどの人がその時間を使って、コーヒーを飲みながら友達と過ごしたり、子どもの宿題を手伝ってやったり、地元でボランティアをしたりしてくれることを望んでいる。

それこそが、今後取り組むに値する未来の姿であると私は考えている。


ビル・ゲイツ氏が選んだ「2019年版ブレークスルー・テクノロジー10」はこちら。
 

2019年5月3日更新:本文中の訳語を一部変更しました。

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