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Stopping Breast Cancer with Help from AI

米国防総省、人工知能企業と協業で乳がんの分子標的治療薬を開発

米国国防総省は現在、機械学習を利用して腫瘍生物学の研究を進める取り組みを支援している。 by Emily Mullin2016.10.27

米国政府は、人工知能を活用して、乳がんの診断や治療の効果を上げられないか考えている。

既存の医薬品の効果がない、浸潤性乳がんの標的療法を特定するため、国防総省(軍医系大学であるユニフォームドサービス大学のプロジェクトとして)は今週、製薬会社ベルク・ヘルスと連携して創薬に人工知能(AI)を活用すると公表した。このパートナーシップは、ホワイトハウスの「がん撲滅ムーンショット」構想のひとつだ。取り組みは、25万人にも及ぶ患者のサンプルを観察し、がんの初期症状に関する新たな生物学的指標(バイオマーカー)を発見するのが目的だ。過去20年以上、乳がんによる死亡率は着実に低下している。それでも米国国立がん研究所によると、乳がんによる死亡率は米国女性が罹患するがんのうち2番目に高い。

パートナーシップに基づき、ベルクは国防総省の臨床がんケアプロジェクトのアクセス権を得ることになる。同プロジェクトでは、約8000人の患者から採取された1万3600個の健常組織と病変組織のサンプルが保存されている。

A Berg researcher uses a centrifuge to process samples in the company's lab. Berg has developed an artificial-intelligence platform to rapidly screen patient tissue samples for potential drug targets.
遠心分離機を使うベルクの研究者。ベルクでは、AIプラットフォームを開発しており、新たな創薬ターゲットとなるような患者の組織のサンプルを短時間で観察できるようにした

ベルクではまず、健常な人とさまざまな乳がんのサブタイプを持つ患者から集められたサンプルをシーケンシングする。この作業により、がん組織にある突然変異と健常組織に基本的なゲノム情報を生成する。次に、ゲノム情報と患者の病歴を組み合わせ、ベルクのAIプラットフォームに取り込む。プラットフォームからは、何兆ものデータポイントを持つ健常組織と罹患組織のさまざまな構造がはじき出される。そして、プラットフォーム内のアルゴリズムによってデータ上のパターンが発見される。ホットスポット型かハブ型といった分子指標が、組織の構造に見られるのだ。構造上に見られるパターンによって、バイオマーカーや創薬ターゲットを発見できる可能性がある。

ベルクはまずデータを見て、データから仮説を立てるが、一般的な創薬の過程とは真逆のやり方をしていると、ベルクの共同創業者ニヴァン・ナレイン社長兼CEOはいう。

アトムワイズやインシリコ・メディシン、TwoXAR等のスタートアップ企業では、ベルクと同じような手法により、特注のAIプラットフォームを活用して、従来の創薬でされていた予測作業をいくらか減らそうとしている。

ナレインCEOは、研究者が特定しきれていない乳がんのサブタイプがあり、未確認のサブタイプや既存のサブタイプの創薬ターゲットをベルクで発見したいと考えている。国防総省とのパートナーシップで主要なバイオマーカーが発見されれば、乳がんの血液検査(乳がんの診断方法に用いられている組織診断よりも、身体に及ぼす負担や影響を減らせる)が可能になる。

分子標的治療薬の一種とされる乳がん治療向けのトラスツズマブ(ハーセプチン)の登場によって、乳がん治療は大きく前進したが、全ての患者に効果がある訳ではない。ハーセプチンは、腫瘍内の特定の遺伝子の突然変異を狙うように作られているからだ。乳がん患者全体のうち、25%がHER2陽性がんのサブタイプで、初期段階ではハーセプチンを使った治療が効く場合もある。しかし、ハーセプチンを投与された全ての患者に反応がある訳ではなく、その場合は他の生物学的要因が働いていることを意味する、とナレインCEOはいう。

ベルクはすでにAIプラットフォームを利用して、治験薬を特定したり改良したりしている。そのような治験薬は、さまざまなタイプの発がん要因を操作して、がん細胞の進行を遅らせたり、食い止めたりする効果がある。現段階での治験薬の開発は、進行性すい臓がんの第二相臨床試験を迎えており、一般的ながん医薬品と併用されている。

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クレジット Image courtesy of Berg
エミリー マリン [Emily Mullin]米国版
ピッツバーグを拠点にバイオテクノロジー関連を取材するフリーランス・ジャーナリスト。2018年までMITテクノロジーレビューの医学生物学担当編集者を務めた。
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