世界地図を更新し続ける 中国の巨大浚渫船
ビジネス・インパクト

Aboard the giant sand-sucking ships that China uses to reshape the world 世界地図を更新し続ける
中国の巨大浚渫船

権力を得られるのは、領土を支配する者だけではない。領土を造り出せる者もそうだ。世界最大となった中国の浚渫(しゅんせつ)産業は領土拡大の重要な道具になっている。 by Vince Beiser2019.05.21

ミシシッピ州ビロクシ南部の海岸から24キロメートル沖で、雲1つない青空の下、おびただしい量の灰褐色のスラリー(泥漿:でいしょう)が泡をたてながら船に取り込まれていく。3秒ごとに、トラック1台分の塩水と砂がメキシコ湾の海底から吸い上げられ、浚渫(しゅんせつ)船「エリス・アイランド号(Ellis Islands)」のホッパーと呼ばれる屋根の空いた巨大な泥艙に投入されていく。巨大なエリス・アイランド号は、米国で製造された過去最大級の浚渫船だ。設計上、その航行速度は遅い。鉄の歯のついた重さ30トンの2台のドラグ・ヘッド(土砂堀削機)を砂の海底に降ろして牽引する。ドラグ・ヘッドと浚渫船のデッキ上の巨大ポンプは直径90センチメートルの一対のパイプでつながっている。浚渫ポンプでスラリーをホッパーに吸い込むと、ソフトボール大の泡をたてながら渦を巻く灰色の汚泥で、ホッパーは徐々に満たされる。

取材で訪ねた2018年10月のある暑い日、「私たちは自分のことを泥の商人と呼んでいます」とエリス・アイランド号のガブリエル・クーバス船長は話した。エリス・アイランド号の船体は、全長132メートルと、アメリカン・フットボール場よりも少し長く、航空母艦の約半分の長さだ。一対の巨大な黄色いクレーンがデッキの両側に装備され、ホッパーを囲むように張り巡らされたキャット・ウォーク(狭い鋼製の通路)やパイプを見下ろしている。

ホッパーがスラリーで一杯になるには数時間かかる。一度満杯になると、巨大なウィンチでドラグ・ヘッドを巻き上げ、陸地に向かって針路を取る。1時間ほどして、喫水(水に船体が沈む深さ)9メートルのエリス・アイランド号は、水深が十分にある数キロメートル沖に錨を落とす。目のないウミヘビ・ロボットのような機械部品が、波の中で揺れ動く。乗組員が、ウミヘビ・ロボットの頭にロープを巻きつけ、海から引き上げ、ホッパーから伸びる排送管に繋げる。エリス・アイランド号のポンプが再び動き出し、スラリーをホッパーから吸い出して、1.6キロメートルの排送管を通して、海上ブースター・ステーション(増圧場)に圧送する。そこから、さらに多くのポンプで送り出されたスラリーは、およそ8キロメートルの長さの排送管を通って、最終的にミシシッピ州シップ島の海岸に到着する。

現時点で、実のところシップ島は2つの島からなっている。シップ島の中心地は、1969年のハリケーン「カミーユ(Camille)」と2005年のハリケーン「カトリーナ(Katrina)」によって破壊されてしまった(最悪だった2018年のハリケーン「マイケル(Michael)」からはまぬがれた)。米国の水路を維持する連邦機関「米国陸軍工兵司令部(US Army Corps of Engineers)」はシップ島再建のためエリス・アイランド号を借り上げ、ますます深刻になる重要な高潮対策として全長約13キロメートルの防波堤を建設した。

エリス・アイランド号は大量の土砂を排出すると、また戻って吸い上げ、帰ってきて排出するという作業を24時間体制で毎日続ける。作業を終えるには、約1年かかるだろう。浚渫船を何度も行き来させることで本物のエリス島を約46メートル埋め立てるだけの土砂を運ぶことになる。それは540万立方メートルに等しい。連邦政府が支払うシップ島再建の総費用は、約3億5千万ドルになるだろう。

これは巨大な事業だ。だが現在、中国政府が進めていることに比べれば、大海の一滴にすぎない。

他国と同様に中国は浚渫船をエリス・アイランド号のように海面上昇対策としての防護壁建設や、有益な新しい土地造成のために活用している。だが中国の習近平国家主席にとって、浚渫船は地政学的に重要な道具でもある。現在は浚渫工事によって、これまで以上に海岸線を変え、国の輪郭を変えるなど、何も無かったところに新しい土地を造り出せるようになっている。中国ほど熱心にこの力を伸ばしてきた国は他にない。

最近中国は、外洋航行浚渫船団を編成した。浚渫船の一部は、日本やベルギー、オランダから購入しているが、自国内でも着々と浚渫船を建造している。中国製の浚渫船は、まだ世界最大でもなければ、他国より技術的に進んでいるわけでもないが、数の上では他国を上回る。過去10年間で、中国企業はこれまでで最大かつ、能力の高い約200隻の浚渫船を建造した。2013年、オランダの金融機関「ラボバンク(Rabobank)」は、中国の浚渫産業が世界最大になったと発表した。以来、中国浚渫産業はひたすら成長し続けている。中国企業の国内浚渫収益は、欧州と中東の収益を合わせた金額と同規模だ。

オランダの研究グループ「デルタレス(Deltares)」によれば、1985年以来、人類は世界中の海岸に1万3564平方キロメートルの人工的な土地を造り出してきた。近年、その数字に大きく貢献しているのが中国だ。

2015年だけでも、中国はマンハッタン島約2つ分の新しい土地を生み出した。最近では、香港とマカオ、中国本土を結ぶ長さ約55キロメートルの橋を支える人工島を2つ …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。