BATはGAFAになれるか
中国テック企業のジレンマ
バイドゥ、アリババ、テンセントのBAT3社に代表される世界最大級のテック企業がいまや中国に集中し、中国の人々の暮らしを大きく変えている。一方で、中国内部では多額の政府資金を投入しながらイノベーションを起こせないという不満が渦巻く。中国テック企業はさらなる成長を続け、世界を変えられるのだろうか? by Mara Hvistendahl2019.03.06
1980年代前半、できたばかりの多くのコンピューター企業が、まだ無秩序だった北京の北西部(北京大学や清華大学のキャンパスの近く)に専門店を構えた。「電子街(Electornics Street)」と呼ばれるようになるこの地域は、垢抜けない実用一点張りの自転車や手書き看板があふれ、興奮した大声の値引き交渉であふれる混乱した場所だった。歩行者の頭の上には埃にまみれた垂れ幕がたなびき、コピー用紙の箱が縦に10個以上、何列にも積み重ねられて道を占領し、歩行者が歩けないようなところだった。安物のスーツを着た男たちが街角の粗末な店で、テーブルタップやプリンターのインクを売るために呼び込みをしていた。違法ソフトが大量に売られていたので「泥棒街(Crook Street)」と呼ぶ人もいた。
多くの中国人が冷蔵庫さえ持っていなかったことを考えれば、パソコン市場が芽を出しつつあったのは驚くべきことだった。さらに驚くべきことは、電子街の会社が民間企業だったことだ。中国が急激に資本主義的行動に舵を切ったのは政府の経済改革の一環としての実験であり、科学技術への初期投資と結びついたものだった。初期実験の結果から、この戦略は成功の可能性が高いと思われた。電子街跡から生まれた企業の1つがレノボ(聯想集団、Lenovo)だ。
それ以来、中国では科学やテクノロジーが勃興した。1991年から2016年までの間に中国政府による研究開発への資本投入額は30倍にも増えた。研究開発への支出額が日本に追いついたのは、2009年のことだ。OECD(経済協力開発機構)の予測では、2019年には中国の研究開発費は米国を超える。現在、かつての電子街は中関村(チュウカソン)と呼ばれ、バイドゥ(百度、Baidu)、配車アプリのディディ(滴滴出行、DiDi)、出前やレストラン評価のサイトを運営するメイチュアン・ディアンピン(美団点評、Meituan-Dianping)などの巨大企業が本社を置くほか、マイクロソフト、グーグル、IBMなどの研究センターがある。
中国には世界最大級のテック企業20社のうち9社があり、そのうち3社はトップ10に名を連ねている。また中国には世界最大の単一鏡電波望遠鏡があり、世界最速級のスーパーコンピューターが何台もあり、世界最大の加速器の建設も予定されている。2016年には世界初の量子通信衛星を打ち上げた。近年の中国政府の計画から見える野望は広い範囲に渡っている。第5世代移動通信システム(5G)、育種学(seed breeding)、ロボット工学の分野で2020年までに他国より抜きんでること、そして2030年までに人工知能(AI)で世界の主導権を握ることだ。
これらのすべてが米国に大きな不安を巻き起こした。トランプ政権は、重商主義的な市場支配と産業スパイ活動への懸念を引き合いに、中国との貿易戦争に突入した。2018年10月にマイク・ペンス副大統領は中国政府が「米国のテクノロジーを大規模に盗んでいる」と非難した。
米国がテクノロジーの冷戦について論議することで、大きな認識の相違点が隠れてしまうこともある。米国の連邦議員たちは中国の科学面での野心的な抱負が重大な脅威だと考えているが、中国の論評家たちは抱負達成には不安が消え去らないと考えている。中国人にとって、電子街の求めている野望はいまだに完全には達成されていないのだ。政府の白書や国家報道は虚勢を張り続けているが、非公式な場での中国の指導者たちは、巨額の資金を使いながらも見合った結果がほとんど出ていないことを嘆いている。そうなのだ。中国は大規模な科学プロジェクトに資金を提供しているが、だからといって大きな科学的ブレークスルーが達成できたり、アイフォーン(iPhone)のように世界市場を作り変えるほどの製品を発表できたりしたわけではない。中国のえり抜きの大学が世界大学ランキングを駆け上っているにせよ、ノーベル賞を受けた研究を中国で成しえた科学者は1人しかいない。
しかし、これには変化の兆しがある。中国国内の研究者が多数ノーベル賞を受賞するまでにはまだ時間がかかるだろうが、中国には爆発的なビジネス・イノベーションが起こっている。有力なテック企業に加え、大望を抱く少数のスタートアップ企業もシリコンバレーでビジネス・モデルを確立しつつあり、その過程でインターネット規制と監視についての論争をしている。中国企業は電子街でも見られた向こう意気の強い企業家精神のおかげで、その論争の大部分に勝利した。中国企業が巨大になり、視野を海外に定めるにつれ、彼らの成長を妨げるものは才能のある人材の不足でも、資源不足でもなくなった。それは、40年前に経済改革計画を開始し、テクノロジー・ブームを起こした制度そのものである中国政府との関係である。
政府主導の光と陰
長年の間、学者たちはこう言い続けてきた。科学もテクノロジーもトップ・ダウンで管理されている中国で、一体どうすればイノベーションが可能なのだろうか。言論の自由がなく、研究の自由が制限され、グーグル・スカラー(Google Scholar)へのアクセスさえできない中国で、研究者は一体どうすればブレークスルーを達成できるのだろうか。
中関村は少なくとも最初のうちは目覚ましい実例だった。1989年に電子街の企業家の何人かが、(最初は近隣の北京大学で始まった)天安門広場での抗議運動に参加した。しかし弾圧が始まると、テック企業に民主化運動を非難させるために中関村に中国共産党の中核メンバーが急遽派遣された。1990年代の終わりまでには中関村は正式にサイエンス・パーク(科学研究・科学産業集中地域)に指定され、北京市の直接的な管理の下に入った。
中関村は「中国のシリコンバレー」であるとされたが、これは当初から馬鹿げたたとえだった。その後長い間続いたトップ・ダウン式の政策は、米国サンフランシスコのベイエリアの(企業の)個々独立したイノベーションとは雲泥の差があった。中国版シリコンバレーがさらに馬鹿げたものになったのは、中関村をモデルとした同様のサイエンス・パークが中国全体で167カ所も建設されたからだ。2000年代の前半、多くのサイエンス・パークは優秀な企業を誘致するのに苦労した。外国テック企業の単なる配送・処理センターになってしまったサイエンス・パークもあった。
たくさんのサイエンス・パークを作るだけで進歩につながるという中国の考えは、質を犠牲にしても量に重点を置く中国政府の方針を反映していた。中国のテクノロジー計画を検討してみよう。2006年に採択された主要計画には、2020年までの成長目標が定められている。中国は2020年までに国内総生産(GDP)の2.5%を研究開発に使い、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、新薬開発などの分野で他国に勝る結果を出すことを目標とした。他の目標としては、発明特許と論文引用数の両方で中国を世界のトップ5に入る国にすることがあった。
これらの目標の中には、対症療法的なものもあった。2000年、米国で国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(National Nanotechnology Initiative)が設立されると、ナノテクノロジーが(中国の)目標に含まれた。国家ナノテクノロジー・イニシアティブはナノ科学研究に年間10億ドル以上の資金を供出している。ただし中国の計画にはひとひねりがあった。2006年に計画が発表されると、地方政府はその支持を表明するために先を競って奨励制度を発表した。教授たちの給料は、索引誌に論文をどれだけ発表したかによって決められた。企業の場合、革新的事業への巨額の補助金はどれだけ多くの特許を取得できたかによって決められた。中央政府も地方政府も、中国生まれで海外在住の研究者たちを何万人も呼び戻せばイノベーションが速やかに始められると考え大金を拠出した。補助金を支給された研究者には再定住費として多額の援助があるだけでなく、給与も中国国内基準を遥かに超えた金額が支給された。
この効果は、少なくとも統計上は劇的だった。突然、結果が出たのだ。米国科学財団(NSF、National Science Foundation)によれば、最近、国際学術誌での科学・工学論文発表数で中国は米国を超えて世界一である。世界知的所有権機関(WIPO、World Intellectual …
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