群馬大学の小木津武樹准教授が自動運転に関わってきた歴史は長い。群馬大学次世代モビリティ社会実装研究センターの副センター長も務める小木津准教授は、2005年にはミニバンを改造した車両を使って、当時所属していた慶應義塾大学のキャンパス内を無人で走行するシステムを構築している。当時からすでに、携帯電話で自動運転の車両を指定した場所に呼び出す機能を実装するなど、運転技術だけでなくサービス提供の将来性にまで注目していた。
「自動運転が『再設計』する都市生活の未来」をテーマに、2018年11月30日に開催された「Future of Society Conference 2018」(主催=MITテクノロジーレビュー[日本版])に登壇した小木津准教授は、完全自動運転がもたらす社会への影響と社会実装の取り組みについて語った。
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完全自動運転が人々の生活を大きく変える
小木津准教授らが目指すのは、いわゆる「レベル4」の完全自動運転の社会実装である。小木津准教授は、「自動運転技術とは、人間が関与せずに移動する車両を作ることだけが目的ではない」という。完全自動運転の実現は、空間の自由化と移動の高度化をもたらす。たとえば、移動しながら食事ができるレストランや、寝ている間に旅先に到着するホテルなど、これまでの車の概念を越えた自由な空間が登場する。さらに小木津准教授は、1メートル以下の車間距離を保って複数の車両が移動するなど、移動の高度化が新たなサービスを生み出すことによって、完全自動運転が産業構造の変革をもたらすと考えている。
完全自動運転による産業構造の変革は、「携帯電話によって利用手段が変化していった、通信技術と似ている」という。もともと、通話を目的とした電話機は利用できる場所が固定されていたが、いつでもどこでも通話できるように携帯電話が生まれた。それがスマートフォンに進化すると、電話機は通話をするためだけの道具ではなくなった。SNSなどを介して他人とさまざまな情報を交換したり、財布の代わりとして店舗での支払いに使ったりと、当初は予想もしていなかった広範囲に利用される道具に進化した。「振り返れば、もともと電話の潜在的なニーズは、通話をすることだけではなかった」(小木津准教授)。
人間を運転の負担から解放する自動運転車も、電話機のように従来の使い方とはまったく違った使われ方をしていくと、小木津准教授は考えている。「たとえば、若者の間で車離れが進んでいる傾向を見れば、潜在的なニーズとして車を生活空間として使うなど、乗り物以外の利用形態が求められるのではないか」(小木津准教授)。
地域限定、路線限定の完全自動運転にフォーカス
小木津准教授らが現在フォーカスしているのが、地域限定、路線限定の完全自動運転だ。最初からあらゆる場所や地域での走行を目指すには、さまざまな地形や道路状況、時間帯、天候に対応した上に、歩行者や自転車にも注意しなければならず、完全自動運転のハードルは高くなる。「高齢者などが利用する、地域の足として活用したいというニーズが多い。そう考えると、地域や路線を限定して走らせることに特化した研究・開発を進めていく方が、現状に即しているのではないか。日本全国の信号を認識するのは難しいが、地方の駅から病院までの道路にある信号を認識するだけならば、実用化にかかる時間は短縮される」(小木津准教授)。
また、小木津准教授は自動運転をサービスとして展開していくには、周辺分野をしっかり育てあげる必要があると指摘する。現時点では、どうやって利用者をピックアップして料金を徴収するのか、車内の安全性をどのように確保すればいいのかなどについては、まだあまり考えられていないという。「自動運転をサービスとして実現するには、この分野を固めなければならない。しかし、現時点でサービス分野に強みを持つ企業は、あまり自動運転に関わっていない。今後、自動運転に関わる人や企業を増やしていくことで、それぞれの分野における企業の強みを自動運転に対応させてもらいたいと思っている」(小木津准教授)。
次世代モビリティ社会実装研究センターは、自動運転車両の開発および社会での運用について研究・開発・実践するセンターとして、2016年12月から活動を始めている。企業や自治体などからのさまざまな相談に応じる、「自動運転の万(よろず)相談所」としての機能も拡充させている。群馬大学は国内の大学では最多となる18台の自動運転車両を所有しており、「これらの車両を活用し、さまざま企業が自動運転やそのサービスの研究・開発でコラボレーションしやすい環境を用意する。新しいニーズが生まれたら、それをいち早く評価するための知見を用意し、実証実験までできるスキームを整えている」(小木津准教授)。
全国で積極的に実証実験を実施
小木津准教授らの目標の1つは、2020年までに無人で動く自動運転を実現することだ。まずは、バス車両を使ったインフラ作りから進めており、現在、北海道から九州までの公道において、10例を超えるさまざまな実証実験を重ねている。
前橋市では、2018年12月から群馬大学と前橋市、地元の日本中央バスが共同で、路線バスでの実証実験を開始している。JR前橋駅と上毛電鉄中央前橋駅を結ぶ1kmほどの区間において、群馬大学が開発した自動運転バスが、通常の運行ダイヤに従って自動運転する取り組みだ。小木津によると、比較的長期間、実際のバスの営業路線で運賃を徴収しての自動運転の実証実験は、全国初の事例になるという。
自動運転車がどんなに賢くなっても、人間の方が自動運転に対応することが難しい。自動運転車両に乗っている人間だけでなく、自動運転車両が走っている道路においても、人間は不安を感じる。「どこまで自動運転を受け入れてもらえるか。その壁を打破するために、その地域にとって自動運転がいかに大切かを理解してもらうことも、実証実験の大きな役割になる」と述べる小木津准教授。今後は公的研究機関として、さまざまな人が自動運転に触れられる場を作っていく予定だという。「自動運転をどう使おうかと考えるきっかけを作ってあげたい。そのために、全国各地で積極的な取り組みを展開したい」。
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- 元田光一 [Koichi Motoda]日本版 ライター
- サイエンスライター。日本ソフトバンク(現ソフトバンク)でソフトウェアのマニュアル制作に携わった後、理工学系出版社オーム社にて書籍の編集、月刊誌の取材・執筆の経験を積む。現在、ICTからエレクトロニクス、AI、ロボット、地球環境、素粒子物理学まで、幅広い分野で「難しい専門知識をだれでもが理解できるように解説するエキスパート」として活躍。