新型の携帯電話「ピクセル」は一見、他のアンドロイドのハイエンド携帯電話と大きな違いがない。ガラス張りで5インチ(12.7cm)の滑らかな長方形だ。しかし、本体を裏返すと、他の機種とは違った点が目に留まるかもしれない。本体裏面に「Phone by Google」と刻印されているのだ。この小さな文字は、ピクセルの持つ意義をさりげなく思い出させてくれる。ピクセルは、グーグルがイチから開発した、初めての携帯電話なのだ。
2008年に初めて登場したアンドロイド携帯から「ネクサス(Nexus)」シリーズに至るまで、長年に渡って数々の「グーグル携帯電話」が登場してきた。しかし、グーグルは、これらのデバイスを独自に開発したのではなく、携帯電話メーカー(HTCやファーウェイ、LG、サムスンなど)と共同で作ってきた。一方でピクセルの設計は100%グーグルが担当し、製造をHTCに委託した。グーグルはピクセルのことを「内側も外側もグーグルが作った、初めての携帯電話」と説明している。
グーグルは、補完関係にあるデバイスに新たなサービス(音声による操作補助サービス「グーグル・アシスタント」とVRプラットフォーム「デイドリーム」など)を取り入れる計画を進めており、ピクセルはその要だ。グーグルのVRゴーグル「デイドリーム」は11月に発売予定だが、その時点で、ピクセルは デイドリームと連携して動く最初の携帯電話になるはずだ。
ピクセルはまた、サムスン頼みのアンドロイドの現状を改め、iPhoneと互角に戦える携帯電話を作ることを目指して、グーグルが全力を尽くした製品でもある。サムスンは長年、アンドロイドのハイエンド機種市場を独占していたが、欠陥問題でギャラクシーノート7が販売中止に追い込まれたため、グーグルは、ギャラクシーのユーザーをピクセルに呼び寄せる千載一遇のチャンスを得た。ピクセルの予約は10月4日に始まったが、この日は、発火事故が頻発したギャラクシーノート7が最初にリコールされてから数週間後で、10月20日に開始予定のピクセルの発送日はサムスンがギャラクシーノート7の製造・販売を中止してから約1週間後に当たる。
グーグルの過去のスマホの多くは、ギャラクシーノート7と張り合うには不十分だった。しかし、今回のピクセルは高級価格帯のハイエンド・スマホだ。最安モデルでも649ドルというピクセルの価格設定は、グーグル携帯の中で最も高価な「ネクサス」の基本モデルと比べると150ドルも高く、iPhone 7、ギャラクシーS7と同じ価格だ(ちなみに、ピクセルの5.5インチバージョン「ピクセルXL」は769ドルで、iPhone 7 Plus と同価格、ギャラクシーノート7よりは80ドル安い)。
幸いなことに、ピクセルの外観や手触りは、価格に見合っている。ピクセルに備わった高級感は、鮮明なAMOLEDディスプレイ、ゴリラガラス、継ぎ目なく加工されたアルミニウム筐体のおかげだ。
また、ピクセルはすごい機能がある。背面にある指紋センサーにはトラックパッド機能があり、センサーを下方向にスワイプすると、通知一覧(不在着信履歴など)を表示でき、片手でピクセルを操作する時に便利だ。カメラアプリを開いているときには、手首を素早く2回振る(フリックする)と、背面カメラと正面カメラを切り替えられる。自撮りをするのにぴったりの機能だ。
当然のことながら、ピクセルのソフトウェアは、グーグル製が中心だ。グーグルの目玉である、グーグル・アシスタント機能も搭載されている(現在、グーグル・アシスタントが搭載されているのはピクセルのみ)。女性の声で話し、「いつでもあなたをお手伝いする、あなただけのグーグル」であるグーグル・アシスタントを、グーグルは売り込んでいる。このサービスは、会話能力や文脈についての知識を持つところにまで達している。
グーグル・アシスタントは、よくある簡単な仕事はうまくこなせる(近くの店までの道案内、オンラインで動画を探してYouTubeで再生する、音声を文字に起こしてショートメッセージを送るなど)。だが、連続する依頼を受けると、グーグル・アシスタントはうまくいかない。たとえば、アシスタントで携帯電話のアラームを設定できるが、時間を変えたり、アラーム自体を取り消したりするよう頼まれると、関連アプリを携帯電話の画面に表示するだけで、変更操作そのものをしてはくれなかった。
グーグル・アシスタントは、Siriと大きな違いがあるわけではないが、オンライン情報は、Siriより広い範囲を利用できる(動画、画像など)。また、グーグル・アシスタントは、もっと複雑な、一般的知識についての質問にもいくつか答えられる。さらに、グーグルのメッセージアプリ「アロ」を使えば、友人とのショートメッセージでの会話にグーグル・アシスタントを巻き込める。グーグル・アシスタントとSiriのいずれも、Spotify、ピンタレスト、ウーバーなど、サードパーティ製のアプリにも次々対応するようになってきている。
全体として、ピクセルは感動的な出来栄えだ。しかし、それ以前にあったネクサス携帯(マニア的な人気を博してきた)のように、ピクセルも幅広いユーザーの人気を集める上では苦労するだろう。ピクセルは、防水性、無線充電など、一般的なスマホが持つ機能がない。また反対に、ピクセル限定の機能(グーグル・アシスタントやデイドリームとの互換性など)や、最新版のアンドロイドOS(バージョン7.1)での動作は、そう遠くないうちに、ピクセルだけの特徴ではなくなるだろう。こうしたサービスをピクセルでしか利用できないように制限しても、グーグルの利益にはならないからだ。
また、ピクセルを取り巻くマーケティング戦略が、混乱を招いていることも問題だ。グーグルは、ピクセルの販売市場となる各地域で、シェア上位の携帯電話事業者(米国では、ベライゾンが公式キャリアになっている)を説得して、ピクセルの宣伝に協力させ、店頭に在庫を置かせている。その結果、ピクセルの宣伝はさらに強化された。テレビ、屋外、新聞広告で、大手キャリアによるピクセルの宣伝が、これまでのどのネクサス携帯にも勝る規模で展開されている。しかし、こうした広告は、ピクセルは公式キャリアでしか使えない携帯電話だという、誤った印象を作ってしまう(実際は、グーグルはオンラインストアでピクセルのSIMロックフリーモデルも販売している)。自分の利用している携帯電話事業者ではピクセルが使えないと思い、ピクセルを敬遠する消費者がいるかもしれない。
たとえピクセルが成功作ではなくても、ハードウェアとソフトウェアを組み合わせたグーグルの戦略は注目に値する。 グーグル幹部は、「長期的な」ハードウェアビジネスに取り組んでいるのだと発言しており、グーグル・アシスタント型の対話が、次世代のコンピューティングの形として、検索ボックスに取って代わるかもしれないという。