ロボット化率99%の工場で、人間はどんな仕事をしているのか?
サウスカロライナ州の都市グリーンビルは、自らの未来をハイテク製造業に賭けた。加速度的に自動化が進んでいく経済の中、勝つのは誰か、そして負けるのは誰か? by Nanette Byrnes2016.10.19
サウスカロライナ州の外れ、アパラチア山脈ふもとの小高い丘には、経済的に死んだはずの町がある。その場所グリーンビルはかつてサウスカロライナ州の繊維産業の中心地、ひいては経済の心臓部でもあった。流れの速い川を紡績機の動力にできる利点から始まり、やがて繊維産業に身を置く人は数万人に上った。ところが1970年代からメキシコや東南アジアなど、生産費の安い地域との価格競争に直面し、企業は苦境に立たされた。それから数十年の間に多くの工場が閉鎖された。合衆国労働統計局のデータによると、1990年にグリーンビルで繊維産業に携わっていた人は4万8000人だったが、現在では6000人を下回っている。
それでもグリーンビルは好景気に沸いている。洒落た街の中心部にはジョギングストローラーを押して走っている人がいるし、フォールズ・パークに行けば園内を流れるリーディ川の橋の上で写真を撮っている観光客の姿が見られる。メインストリートには全国的に名を知られたレストランがあり、並び立つクレーンは日々高級マンション建設に勤しんでいる。さらに近年のグリーンビルと周辺地域の税収は大幅に増加し、地域の学校の予算も潤っている。
ノースカロライナ州にあるシャーロットはグリーンビルの北東部、車で90分の位置にある。そこは金融サービスを経済の主軸に定め、他の都市もソフトウェア開発や観光業にシフトしている中、グリーンビルは今なお製造業を中心としている。グリーンビルにはBMW、ABB、フルーア、ミシュラン、ボッシュ、ゼネラル・エレクトリックの電力事業部門など、世界的なメーカーが進出している。地域の工場がコンピューター制御や自動化の導入を進めていくのに伴い、グリーンビルは先端製造業で全米をリードするようになった。
グリーンビルの経済は順調で、さまざまな指標からも順潮さがうかがえる。他の州と同様に不況のあおりを受けたものの、グリーンビルの経済は回復。現在の失業率は全米平均の4.7%を下回り、世帯平均収入と住宅価格は近年になって上昇を見せた。2010年から2014年にかけて地元企業は15億ドルの投資を受け、8947人の新規雇用が生まれた。さらに新規ビジネスの創業スピードは米国南東部でも随一だということが、サウスカロライナ州商務省のデータで明らかになっている。
しかし経済の変容はよいことばかりではない。工場の機械化が進むにつれ繊維産業の雇用は縮小。工場の作業内容も変わり、これまでにない技能が要求され、技能のない人員は解雇された。
2004年のグリーンビル周辺の一人当り収入は、全国平均の83%だった。現在では全国平均の80%にまで低下している。フードスタンプの受給者数は過去10年で倍増。スタンフォード大学とハーバード大学の共同研究によると、好景気のさなかにある現在でもグリーンビルの子どもの21.5%が貧困層に属している。加えてグリーンビルは、全国でも格差の固定化が著しい土地だ。この研究はグリーンビルの抱える問題の原因を明らかにしたわけではないが、全国的な傾向がここにも現れているとするならば、原因は機会の不平等さにあり、その背景として高い貧困率、経済格差、低い住宅水準、そして犯罪などが関わっていると考えられる。
ある意味ではグリーンビルの状況は、先端製造業を軸とするコミュニティーの未来を予言しているようでもある。工場と工場労働の変容は米国やヨーロッパで進んでおり、かつて低コストの労働力を誇った中国などでも加速し始めている。これは地域経済の活性化に貢献している一方、労働者にはコンピューターや技術的スキルの習得を強いる結果にもなっている。今年の大統領選挙では経済に対する不満が主要なテーマになっており、伝統的にブルーカラーの多い都市では特に不満が大きい。デジタル化と自動化の時代を迎えた今、製造業を経済の主軸とする地域には何が起こるのか、グリーンビルの姿からそれが見えてくる。
新たなスキル
製造業は膨大な雇用の源泉となる。そう政治家が語る時、製造業とは古い時代の製造業を指す。現代の製造業は生産を増やしても雇用成長ペースは鈍化していくものだ。自動化とソフトウェアへの投資を進めた結果、過去20年で米国の労働者一人当りの生産量は倍増した。その間、製造業生産高は40%上昇した一方で、製造業の雇用は30%近くも下落した。
「人間が不要になったわけではありません」
製造業の電子化と近代化が進んだ結果、これまでよりも高給の、新しいタイプの工場労働が生まれた。しかしその求人数はまだ少なく、競争率は高い。グリーンビルが製造業の変化に順応していったように、人々もまた工場労働の変化に順応しなければならないのだ。
シャオンティ・スチュワートは12年間の子育ての後、BMWの工場で契約社員の職を得た。そこでの仕事は、サプライヤーから送られてくる部品を生産ライン上での取り付け寸前にチェックすることで、時給は9ドルだった。
スチュワートはほどなく仕事を辞め、グリーンビル・ワークスという団体が主催する地域の工場で必要とされるスキル習得のための研修資金を支援するプログラムに参加した。スチュワートはコンピューターから送られる指示に従ってパーツ製造用の機械を動かすスキルを身につけた。現在ではABBの子会社で電気モーターを製造するバルドー・エレクトロニックに務めている。時給は24ドル、仕事は旋盤とグラインダーの操作で、部品の設計図を確認し、仕様通りの製品ができているかどうかをチェックしている。
グリーンビルで育ったスチュワートの叔母は昔繊維工場で働いていた。現在スチュワートは、先端製造業の伝道者のような立場にある。「ワッフル・ハウスやガソリンスタンドで浮かない顔で仕事をしている人を見つけると、私は自分の連絡先を教えるようにしています。そしてこう言います、こんな先のない仕事を続ける必要はないんですよ、と」
とはいえ、このような転身は簡単なことではない。2007年から2009年にかけての不況を脱して経済が上向きになってきた頃、一度工場の職を失った人々が工場労働に戻ろうと試みたが、多くは戻ることができなかったのだ。そういった人たちは資格を持っていなかったか、新しい生産技術についての知識がなかった。そう語るのは、グリーンビルのNPOユナイテッド・ミニストリーズで就職レディネスのカウンセラーを務めるアマンダ・ウォーレン。職を得られたとしても多くの場合は契約者を介した短期労働者としての就職であり、雇用主にとっては増員も首を切るのも簡単な立場といえる。
かつて中間層の労働者として製造業に携わっていた人たちには、計算が必要とされる職は向かない。これが厳しい現実だ。繊維工場はかつて際限なく労働者を雇い入れていたが、今ではそうした労働者の多くが工場の職を失い、低賃金のサービス業でなんとか生計を立てている。
「解雇される作業員も出るでしょうし、訓練のし直しが必要になる場合もあるでしょう」と語るのは、ゼネラル・エレクトリックのチーフエコノミストを務めるマルコ・アンヌンツィアータ。ゼネラル・エレクトリックはグリーンビルにガスタービン工場と先端製造業の研究センターを構えている。変化は不可避である、そしてその理由は、先進的なデジタル技術をよりよく活用することが「企業に計り知れないインセンティブをもたらす」からだという。グリーンビルのような地域社会がこのような変革をどう乗り越えるだろうかという質問には、「悲観と楽観が同居しています」と答えた。
新しい工場労働には特殊な技能だけでなく、問題解決能力やチームワークなどのソフトスキルも必要だ。3年前、ベルギーの化学・素材メーカーであるソルベーがグリーンビルに進出。航空宇宙業界からの需要が増えている炭素繊維生産のため新たに100人を雇い入れた。この時の面接では、他者と協調して働くためのスキルが重要視された。ソルベーのケリー・コセック人事部長は次のように語る。「機械操作や工業技術だけでなく、目の前にいる人のさらに向こうを見渡す能力が求められました。ただ自分の仕事をしていればいいわけではありません」
レンダ・ファントはその時ソルベーに職を得た一人だ。2013年10月にソルベーに入社する以前は地元のスーパーマーケットチェーンで17年間働いていたが、店が本拠をフロリダに移したのをきっかけに退職した。今では5人のチームでシフトを組み、工場で生産された炭素繊維の品質と物性のチェックにあたっている。50種類ものテストを実施するこの仕事に熟達するまで1年を要したが、夜間シフトにはまだ慣れていない。とはいえ時給は28ドルと、以前務めていたスーパーマーケットの倍近い。また、ソルベーで新しいことを学んでいくのは外国語をマスターすることのように「ぐっと自信がつく」のだという。
99%はロボットの仕事
グリーンビル郊外、空港にほど近いグリアには8000人が働くBMWの工場がある。BMWは地域住民を数多く雇用しているが、同時にロボットの活用も盛んだ。工場を1日見学すれば、ロボットと人間のスキルをうまく組み合わせて工場が動いていること、そして生産プロセスの改善のため、テクノロジーの新たな活用法を常に探っていることがわかるだろう。
「悲観と楽観が同居している」
サウスカロライナ州は、BMWが1994年に初めてドイツ国外に工場を建設した土地だ。グリアに工場を構えて以来、BMWは74億ドルの設備投資をしてきた。そのほとんどは自動化の推進に費やされ、まずは車体工場に1400台のロボットが導入された。工場では1日に1400台の自動車を生産しており、1分に1台が完成している計算になる。人気のXシリーズSUVを生産するこの工場は、BMWとしては世界最大の工場だ。
工場ができた20年前には、工場内は車体フレームを溶接する溶接工が所狭しと並んでいた。現在では薄暗い工場内をロボットアームが人間の操作なしに動き、鋼とアルミでできた重い車体を巨大なオレンジ色のコウノトリのように軽々と持ち上げている。工場ができた当初は、車体製造工程の30%をロボットが受け持っていた。現在では99%がロボットの仕事だ。工場内には少数ながら人もいて、その主な仕事はロボットに必要な部品を届けること、そしていくつも並んだモニターを見てロボットの仕事ぶりをチェックすることだ。
一方、組み立てラインにはたくさんの人がいる。塗装を終えた車体はここでエンジン、配線、内装、ホイールを取り付けられて自動車の形になる。ここの作業員は横から、あるいは下から車体を取り囲み、駆動系を組み立て、燃料タンクと燃料パイプを取り付け、シートと床を張り、最後に完成品のテストを行う。繊細さと柔軟性を要するこれらの作業は、まだロボットアームの手に負えるものではない。
グリアで生産される自動車は大幅にカスタマイズされている。昨年ここで生産された40万904台の自動車は、どれも顧客からの注文通りにカスタマイズを施した上で 生産された。これほどのバリエーションを管理するには人間によるチェックが欠かせない。生産ライン全体で作業員と監督が自動車をさまざまな角度からチェックし、また自ら運転することで外見も性能も仕様通りかどうかをチェックするのだ。
人間のセンスや直感といったものをロボットに置き換えようとすれば、法外なコストが発生するだろう。BMWの研修プログラムのマネージャー、ガドリアン・ザヤスはいう。「人間が不要になったわけではありません」
「解雇される作業員も出るでしょうし、訓練のし直しが必要になる場合もあるでしょう」
生産ライン上には、ロボットと人間が隣り合って作業している箇所が散見される。ドアの組み立て途中には、防水のためドアの内部に沿ってホイルを貼る小さなロボットが登場する。かつてこの作業は人間がしていたが、無理な角度で力を込める必要があったため、親指や手首を怪我したり、身体に変調をきたしたりする原因だった。車体工場にいた巨大なオレンジ色のロボットは周囲の作業員の安全のため檻で囲われていたが、こちらのロボットは周囲の人間を感知すると、衝突する前に自動的に停止する。
デンマークのユニバーサル・ロボットが制作したこのロボットは、プログラムを組み替えれば様々な作業をこなせる柔軟性を備えている。BMWは現在人とロボットがさらに協調することを目指す実験に取り組んでいて、その一例として人の求めに応じてロボットが道具を持ってくる、ロボットの実現がある。
実地テスト中の技術には他にも自動操縦のフォークリフトや、車体底部のネジ止めのため腕を上げ続ける作業員を補助する外骨格ベストなどがある。「工場から人間を追い出すのではなく、自動化によって人間の補助をしているのです」と、プロジェクト統合マネジメントの副責任者であるリチャード・モリスはいう。
現在、生産ライン上で人間がしている作業のいくつかが将来的にロボットの仕事になることは想像に難くない。それでもなお、BMWの保有するような工場には多数の人間が必要だ。グリーンビルのような都市にとっては、急速に変わりゆく労働に人々を順応させるのは難題であり、同時にチャンスでもある。
9月にはグリーンビル・テクニカル・カレッジで新しい建物が完成した。ガラス張りで天井は高く、床はコンクリート張り、主だった教室には3Dプリンターやコンピューター制御の工具、ロボットアームといった器機が備えつけられている。コミュニティーカレッジには機械工学と電子工学を組み合わせた新分野を専攻している生徒が多い。そうした学生は近隣のクレムソン大学で工学を専攻する学生と共同で、デザインと製造工程が密接にリンクしている新しいタイプの製造技法を学んでいる。
生産ライン上で同じ作業の繰り返しだった昔と比べると、目眩がするほどの変化といえる。グリーンビル地区はテクニカル・カレッジの新施設建設のため2500万ドルを借り入れたが、これも製造業の新時代に向けた大きな賭けのひとつだろう。
グリーンビル・テクニカル・カレッジのキース・ミラー学長は「製造業は変わりました。学生にはこれまで以上の柔軟性が求められ、私たちもまたアプローチを変えなければならなかったのです」という。
経済の未来を先端製造業に賭けたグリーンビルのような地域社会では、自動化と電子化の波が工場と労働を変容させ続けていくだろう。とるべき唯一の道は、変化に適応することだ。
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クレジット | Photographs by Stacy Kranitz |
- ナネット バーンズ [Nanette Byrnes]米国版 ビジネス担当上級編集者
- ビジネス担当上級編集者として、テクノロジーが産業に与えるインパクトや私たちの働き方に関する記事作りを目指しています。イノベーションがどう育まれ、投資されるか、人々がテクノロジーとどう関わるか、社会的にどんな影響を与えるのか、といった領域にも関心があります。取材と記事の執筆に加えて、有能な部下やフリーライターが書いた記事や、気付きを得られて深く、重要なテーマを扱うデータ重視のコンテンツも編集します。MIT Technology Reviewへの参画し、エマージングテクノロジーの世界に飛び込む以前は、記者編集者としてビジネスウィーク誌やロイター通信、スマートマネーに所属して、役員会議室のもめ事から金融市場の崩壊まで取材していました。よい取材ネタは大歓迎です。nanette.byrnes@technologyreview.comまで知らせてください。