パリ発ロッテルダム行きの高速列車は、1時間遅れでパリ北駅を出た。ロッテルダムに着くと、オランダ西部の都市・デルフト行きの電車は、線路のメンテナンス作業のため、運休していた。私は、迂回路を経由するバス2台と、タクシーを乗り継いでかろうじてデルフトに着いた。
通信の未来を学ぶために来ていることを考えれば、ふさわしい状況かもしれない。今回の旅で強く認識したことがある。人間が移動する場合、予期しない問題がいまだに多々起こる。これに比べると、膨大な量のデータは毎日、なんと円滑かつ迅速に光ファイバーケーブルを通って、都市や国、大陸間を流れていることか。
だが、こういったデータネットワークにも弱点がある。ハッキングされる可能性があるのだ。数年前、米国家安全保障局(NSA)の元局員エドワード・スノーデンによって流出した機密文書の中に、西側の諜報機関が通信ケーブルに侵入し、大量のトラフィックを盗み見していたことを示すものがあった。
デルフトで私が訪れたキューテック(QuTech)という研究機関は、こういった監視が不可能なネットワークシステムを開発している。量子力学を利用して、2020年末までにデルフトとオランダの他の3つの都市との間に、完璧に安全な通信ネットワークを構築する考えだ(下記地図参照)。
ステファニー・ヴェーナー教授とロナルド・ハンソン教授が率いるキューテックの研究者チームは、依然として多くの困難な技術的課題に直面している。だが、成功すれば、1960年代後半に米国防総省(DoD)が作成し、後のインターネット誕生につながったアーパネットのように、キューテックのプロジェクトが未来の量子インターネットへとつながる可能性がある。
他に類のないキュービットの特性
インターネットはスノーデンが暴露したようなハッキングに弱い。データが依然として、1と0を現す電気や光の信号の流れという古典的な情報単位で、ケーブル内を流れているためだ。ケーブルへの侵入に成功したハッカーは、こういった移動中の情報単位を読みとったり複製したりできる。
一方、原子や電子、あるいは光子(光ファイバーで情報伝達する場合)などの粒子は、量子物理学の法則によって、同時に1や0の組合せを現す量子状態を占めることが証明されている。こういった粒子は、量子ビット(キュービット)と呼ばれる。キュービットを観測しようとすると、キュービットの状態が1または0のいずれかに「崩壊」する。つまり、ハッカーがキュービットの流れに侵入すると、侵入者によって量子情報が破壊され、それが改ざんの証拠として残されるとヴェーナー教授は説明する。
こうした性質を利用して、キュービットはこれまでずっと量子鍵配送(QKD)と呼ばれるプロセスで暗号鍵を生成するのに使われてきた。QKDでは、データは従来の形式で送信され、暗号化されたデータを復号化するのに必要な鍵が量子状態で別に送信される。
中国はQKDの優れた応用例をいくつか示している。科学実験衛星「墨子号」を用いて2017年に、北京とウィーンの2つの地上局に量子鍵を送信した。次に、この鍵を用いて、2つの都市間のビデオ通話の従来型暗号データを復号化した。量子鍵を送る通信を傍受しようとすると、鍵は破壊され、スパイ(または他の誰でも)は、ビデオ通話を復号化できなくなる。また中国は、北京から上海に地上ベースのQKD通信ネットワークも構築しており、銀行などの企 …