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着床前診断は社会に新たな「格差」を生むのか?
Benedikt Luft
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Are we designing inequality into our genes?

着床前診断は社会に新たな「格差」を生むのか?

米国において、不妊治療の着床前診断で遺伝子検査を受けるカップルの数が増えている。米国人は一般的に、特定の遺伝的形質を受け継がせるためではなく、生まれて来る子どもの疾患を防ぐために実施する遺伝子検査を認めている。しかし、経済的事情をはじめとする様々な障壁により、着床前診断の遺伝子検査を受けられない人々がいるという事実に目を向ける必要がある。 by Laura Hercher2018.11.06

ここのところ膝が弱くなってきたのは、誰もが30代になると経験する整形外科的な問題だろう——。マシューは最初、そう思っていた。だが、数週間後に医師に相談し、さらにそれから数カ月してから、自分の脚の状態が悪化しているのは、子どものころにいとこが肩の故障を患ったのと関連があるかもしれないと気付いた。DNA検査によって、その事実は確定した。マシューには、彼のいとこと同様に、筋肉がひとりでに収縮する遺伝性ジストニアと呼ばれる筋失調症があったのだ。マシューたちの祖父も同じジストニアを抱えていた可能性がかなり高い。

筆者がマシューと出会ったのは、その数カ月前のことだ。優雅なダウンタウンの雰囲気を持つニューヨークの由緒あるホテルで、友人の娘であるオリビアとマシューが結婚式を挙げたときにさかのぼる。彼らの知人の中で唯一の遺伝カウンセラーだったこともあり、マシューとオリビアが相談に来たのだ。本人たちの許可を得て、ここでこの2人の話を紹介する。なおプライバシーを守る目的で名前は変更してある。

「デザイナーベイビー」ではない

マシューの場合は、運よく 軽度の遺伝性ジストニアDYT1であり、膝にボトックスの注射をするだけで済んだ。しかし、ジストニアの遺伝的変異は重度の症状を引き起こす可能性があり、関節の拘縮や脊柱の変形に至る場合もある。向精神薬を服用しなければならない患者も多く、脳の深部を刺激する手術が必要な場合もある。

マシューとオリビアの子どもたちは、マシューほど運が良くないかもしれない。ジストニアを引き起こす遺伝子変異を受け継ぐ確率は50%であり、遺伝子変異を持って生まれた場合、発症する確率は30%だ。重度になるリスクはそれほど高くないが、無視できる数字ではない。

マシューとオリビアは、自分たちに選択肢があるという事実を知った。体外受精を受けて、子宮に戻す前に実験室のペトリ皿にある胚の遺伝子を検査するのだ。そうすれば、着床前診断と呼ばれるテクノロジーを用いて、遺伝性ジストニアのDYT1突然変異を受け継いでいない胚を選べるようになる。

しかし、費用はかなり高額だ。体外受精の費用は、米国の平均で1回2万ドル以上、その後の検査は1万ドル以上だ。そして、卵巣の刺激と卵子の採取をする不快な2週間のプロセスも伴う。「自分が想像していたような子作りではありませんでした」とオリビアは言った。しかし、オリビアたちはこの方法で手に入るものを望んだ。それは、自分たちの子どもやその先の世代に、ジストニアの遺伝子突然変異が受け継がれないという保証だ。

マシューとオリビアは、自分たちが「デザイナーベイビー」を作ろうとしているとは思っていない。デザイナーベイビーという言葉には否定的な意味合いがあり、軽薄、意図的、または非倫理的な行為と考えられている。しかし、マシューたちは、子どもの目の色を選んだり、大学進学適性試 …

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