マサチューセッツ州バークシャーヒルズにあるごく小さなプライベート・シアターで、映画製作者のダグラス・トランブル監督は自身の最新作を上映している。最初、その映画は見覚えがあるような気がする。2~3年前にYouTubeで広まった動画クリップで、デビッド・ボウイの「スペース・オディティ」を歌う宇宙飛行士クリス・ハドフィールドのフィルム映像である。
https://www.youtube.com/watch?v=poZCINzxzrQ
しかし曲の半ばで、国際宇宙ステーション内でギターを弾き鳴らすハドフィールドから惑星や恒星の3D映像に変わると、あまりの緻密さに、あたかも自分が国際宇宙ステーションのキューポラ(観測用モジュール)の窓から眺めているような感覚に陥る。大きく映された地球が視野に広がり、回転を始める映像は、3Dメガネを着用しているとは思えないほど、通常の3D映画よりもずっと明るくシャープだ。隣の観客は「あり得ない」「すごい」とつぶやいている。
https://www.youtube.com/watch?v=_gJdhW71ypA
プライベート・シアターで使われているシステム「Magi」は、映像を4Kの超高画質で、しかも3Dで記録し、通常の5倍のフレームレートで再生する。トランブル監督は、通常の3Dや巨大スクリーンIMAXよりも、実体験のように感じられる映画を製作し、映画館に行く喜びを取り戻す方法としてMagiを開発した。
74歳のトランブル監督は、生涯を通じて、観客が体験する映画のイリュージョンについて考えてきた。ロサンゼルスで育ったトランブル監督は、シネラマ(わん曲した横長スクリーン)でワイドスクリーン映画の世界に魅せられた。20代で『2001年宇宙の旅』の視覚効果を担当してハリウッドでの初仕事をすると、その後2つのカルト的作品『ブレインストーム』と『サイレント・ランニング』の製作を指揮し、『ブレードランナー』、『未知との遭遇』、映画版『スタートレック』の視覚効果デザインを手がけた。映画館の魅力は今失われているが、トランブル監督は観客がストーリーと密接につながり、鮮明に登場人物の視点を体験できるMagiの「ハイパーリアリティ」により、もう一度観客をワクワクさせたいと願っている。
3Dがほのぼのとしたドラマやその他多くの従来型映画と相応しくないように、Magiがすべての映画に適しているわけではない。しかし、宇宙ステーションのデモ映画で地球の画像を見て感じたのは、映画製作者が視聴者に感覚的な形で畏敬の念を抱かせたいなら、Magiを使って欲しい、とトランブル監督は考えていることだ。
「私の関心は、観客にとって奥深い直接的な体験を創造することです。それが何であろうと、スクリーン上で起きていることが、まるで映画館の中で、実際にリアルタイムで皆さんに起きていると感じてもらいたいのです」
映画業界は何らかのマジックを使えるかもしれない。何年もの間、北米の映画館の収益はおおむね平行線を辿っている。多くの消費者は、テレビやモバイル端末のメーカーがよりシャープで明るく、色を忠実に再現する画面を開発するようになってから、映画鑑賞を便利さや価格で評価するようになった。
これまで以上によいものを開発するために、トランブル監督はバークシャーの広大な所有地にスタジオを建設した。複数のタスクをこなすクルーをプロジェクトに応じて4人~50人雇い、ひとつの映画で異なるフレームレートや解像度を組み合わせる手法など、一連のデモを作成して新たな映画技術をテストしてきた。そのうえトランブル監督は、Magi映画の上映に最適化された新型の映画館を作り上げたのだ。
こうしたトランブル監督の自給自足的な手法が可能にするのは、午前中にアイデアが浮かんだら、午後に撮影し、夜にはスクリーンで上映できることだ。独力で事に当たることはトランブル監督の性格に合っていたが、その試みはときにトランブル監督を苛立たせた。
「私は新たな試みのワクワク感が心から好きですが、実現のために人生の長い年月をかけてしまいました。また、自分自身でこの試みにかかる資金を負担し、すべてのことを負担したのは、陸に上げられた魚のように苦しいものでした」
しかし、Magiのような技術で、映画館で映画を観る体験をよくしようと願っているのは、トランブル監督だけではない。映画監督のアン・リーは最新作(『ビリー・リンの永遠の一日(Billy Lynn’s Long Halftime Walk)』(日本公開は2017年2月)の一部を4K解像度、3D、ウルトラハイ・フレームレートを組み合わせるという、トランブル監督と似た …