データを武器に変えた
「最強の独裁国家」
中国・社会信用システムの闇
中国政府は、国民の行動を監視し管理するために、ITとデータを活用した統治を実施している。選挙制度の正当性が揺らぐ中、国民の声を吸い上げるデータ駆動政治への期待がある一方、システムにより作成されたブラックリストは国民の生活に多岐に渡って影響を及ぼしている。 by Christina Larson2018.09.10
1955年、SF小説家のアイザック・アシモフは、「電子民主主義」の実験を描いた短編を出版した。マルチバック(Multivac)という名のコンピューターが、全人口を代表して選ばれた1人の国民に質問し、そのデータを用いて選挙結果を算出するため、まったく選挙が実施されない世界を描いている。アシモフのこの物語はインディアナ州ブルーミントンが舞台だが、現代では中国でマルチバックに似たものが作られている。
どのような独裁政権にとっても、「根本的な問題は、より低いレベルや社会全体で起きていることを明らかにすることです」と、フィラデルフィアにあるビラノバ大学の政治学者で中国専門家のデボラ・セリグゾーン助教授はいう。地球上の5人に1人が中国に住み、経済や社会情勢はますます複雑化している。公開討論や市民活動、選挙結果の反映を許さない国が、効果的に統治するにはどうすればいいだろうか。意思決定に必要な情報をどう集めるのか。国民の政治参加を受け入れない政府が、すべての家に警官を配置することなく、国民と信頼を築き、大衆を誘導するにはどうすればいいのだろうか。
2002年から2012年にかけて中国共産党中央委員会の総書記を務めた胡錦濤は、限定的な民主化を認めることでこういった問題を解決しようとしたが、支配階級は不満をためていった。胡元総書記の後継者である習近平総書記はその流れを逆転させた。人口14億人をかかえる国家で起こっていることを理解し対応するため、習総書記が代わりにとった戦略は、監視や人工知能(AI)、ビッグデータを組み合わせて、国民の生活や行動を事細かに見張ることだった。
この2〜3年、世界の民主主義国家が騒然としているため、中国の政界エリートは、国民に投票権を持たせないことに対する正当性を一段強く感じている。多くの評論家が、民主主義に内在する問題として、ポピュリズムや不安定性、危うい独裁政権などをあげる。ドナルド・トランプの大統領選や英国のEU離脱(Brexit)、ヨーロッパ中に広がる極右政党の台頭、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領の恐怖統治などだ。
習総書記は、2012年の中国共産党中央委員会の総書記に就任以来、さまざまな野心的計画を掲げている。その多くは、2030年までにAIで世界のリーダーになるなどテクノロジーに関するものだ。習総書記は「サイバー主権」を主張して、検閲を強化し、国内のインターネットを全面統制している。2018年5月の中国科学院(Chinese Academy of Sciences)の会議で習総書記は、テクノロジーは「社会主義者と近代国家建設が目指す大きな目標」を達成するのに極めて重要だと語った。2018年1月、習総書記は、書棚には資本論などの古典に加えて、数冊の現代書も並んでいるとテレビの演説で述べた。その中には、2冊のAIに関する書籍が含まれている。ペドロ・ドミンゴス著の『The Master Algorithm』(2015年、未邦訳)とブレット・キング著の『Augmented: Life in the Smart Lane』(2016年、邦訳『拡張の世紀』)だ。
「中国政府ほど、政治手法を変えるためにデータの力を利用する野心的で壮大な計画を持っている政府はありません」というのは、ピーターソン国際経済研究所(ワシントンDC)のマーティン・コルゼンパ研究員だ。遠巻きに観察している外国人専門家ですら、こうしたデータ駆動政治が、機能不全に陥ったかに見える選挙モデルの実用的な代替案となる可能性に興味を持つかもしれない。しかし、テクノロジーとデータの英知に過度に頼ることはリスクを伴う。
対話の代わりにデータを活用
中国の主導者たちは長い間、国民の間で議論を白熱させたり、当局に対する批判を募らせたりすることなく、国民感情を知りたいと考えていた。中華帝国時代と近代中国の歴史の多くでは、不満を募らせた大衆が、農村部から北京に出て来て、公の「請願者」として小さなデモをする習わしがある。地方政府が大衆の不満を理解せず、関心を持たないとしても、皇帝ならば、もう少しましな判断を下すかもしれないと大衆は考えたのだ。
胡錦濤元総書記の体制下、一部の共産党員は、問題を明らかにし解決する可能性を期待し、情報を部分的に開示した。胡錦濤体制の末期には、ブロガーや汚職防止ジャーナリスト、人権弁護士、地方の腐敗を訴えるネット批評家たちが、公開討論を実施した。内情を知る米当局の元関係者によれば、習体制の初期段階で習総書記は、ソーシャルメディアから集めた民衆の不安や騒動について毎日説明を受けたという。ここ数年では、請願者が北京にやって来て、地方政府による不法な土地の押収や粉ミルクの汚染などのスキャンダルに対する注意を喚起した。
だが、警察は請願者が北京への到着するのを阻止しようとする動きを強めている。「今は列車の切符を購入する際に国民IDが必要です。これにより当局は、過去に政府に抗議したような潜在的な『トラブルメーカー』を容易に特定できるようになりました」と、NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)で中国を研究しているマヤ・ワン上級研究員はいう。「数人の請願者が、列車のプラットフォームで止められたと話してくれました」。また、ブロガーや活動家、弁護士たちが、組織的に活動を禁止されたり、投獄されたりしているという。あたかも、自由に関する面倒な問題に関わらなくても、データが政府に同じ情報を提供できると言わんばかりだ。
中国を統治するツールとしてネットワーク・テクノロジーを用いるという考えは、少なくとも1980年代半ばにさかのぼる。ハーバード大学の政治学者ジュリアン・ジェウィルス研究員は、「中国政府は情報技術(IT)が日常生活の一部になっているのを見て、情報を収集し、文化を管理するのに強力な新しいツールとなることに気づいたのです。中国の指導者層は長年、国民をより『近代化』し、より『支配しやすく』することに取り憑かれてきました」という。AIや高速プロセッサーなどの一連の技術進歩により、このビジョンの実現は近づいている。
われわれが知る限り、テクノロジーと中国における統治を結びつけるような単一の際立った計画はない。だが、国民や企業に関するデータを収集して政策決定に活用し、国民の意欲を駆り立てたり罰を与えたりして、国民行動に影響を与える一般的な戦略を共有する取り組みはいくつかある。こういった取り組みには、国務院による2014年の「社会信用システム(Social Credit System)」や2016年のサイバーセキュ …
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