アラブの春からトランプへ
政治を変えた
ソーシャルの幻想と現実
2011年に「アラブの春」が中東を騒乱に巻き込んだとき、ソーシャルメディアは市民に力を与えたり独裁政権を転覆させたりする民主主義拡散の有力な道具であった。しかしいまや、少数の巨大テック企業が主導するデジタルテクノロジーは、政治的な弾圧と対立を生み出す道具になり果ててしまっている。 by Zeynep Tufekci2019.06.07
1. 発見時の幸福感
2011年に「アラブの春」が中東を騒乱に巻き込み、独裁政権が次々に倒れているとき、私はそこでテクノロジーの果たしている役割を知るため、同地域を旅した。カイロのタハリール広場近くのカフェで政府への抗議者たちと話した時、インターネットとスマートフォンさえあれば独裁政権に勝てると多くの人が言った。チュニジアでは、大胆になった活動家たちが、独裁者の妻が政府専用機でパリにショッピング旅行したのをオープンソース・ツールでどのように追跡したか見せてくれた。ベイルートで会ったシリア人たちでさえ、依然として楽観的だった。シリアはまだひどい戦争には巻き込まれていないというのだ。そうした若い人たちは、エネルギーに溢れ、頭が良く、ユーモアもあり、スマートフォンを持っていた。彼らも私も、中東は将来、民主化の方向に向かっていくだろうと思っていた。
米国に戻った後、2012年の会議での講演で私は、2009年のイランでの街頭抗議運動の際に撮影されたクチコミ動画のスクリーンショットを使い、新しいテクノロジーのおかげで旧来の情報管理者(政府やマスメディアなど)が反体制派の言論を抑えにくくなったことを示した。スクリーンショットは、若い女性が歩道に倒れて血を流したまま亡くなっている、目を覆うべきような画像だ。しかし、それゆえに力を持っている。もし当時より10年前に起こっていれば、このような動画が残っている可能性は非常に低い(誰がビデオカメラを常時携帯していただろう?)。ましてや、クチコミで拡散されることなどありえない(テレビ局か新聞社を所有している人でない限りは)。たとえニュースカメラマンが偶然現場に居合わせたとしても、ほとんどの通信社や新聞はそのような画像を公表しなかっただろう。
私はこの講演で、社会学者が言う「多数の無知」(各個人は自分の考えが自分だけのものだと確信しているが、実は全員が集団的に沈黙させられている状態)が崩壊するときに、ソーシャルメディアがどんな役割を果たすかを話した。その役割こそが、ソーシャルメディアが実に多くの反乱を誘発した理由だと述べた。今まで体制への反対意見を持ちながら孤立していた人たちがお互いを見つけ合い、力を増したのだ。
ツイッター社は自社の採用活動で私の話をツイートして「仲間に入ろう」と呼びかけた。民衆の立場、また民衆のための革命の立場から見て、ツイッターが世界を良くする力だということが暗黙の了解だった。情報の新しい管理者となった彼らは、自分たちは管理者ではなく、単なる中立の「プラットフォーム」だと考えているが、どちらにせよ、自らのテクノロジーが持つ社会変革力が気に入っていた。
私も彼らの楽観主義は気に入った。私自身、中東の出身であり、いろいろな国の反体制派の人々がデジタルツールを使ってさまざまな政府に挑戦していくのを見ていた。
しかし、変化の機運は事前にすでに広まっていた。
カイロのタハリール広場での暴動の間、エジプトの疲弊した独裁者、ホスニ・ムバラク大統領は慣れない指示でインターネットを切断したり、携帯電話サービスを止めたりした。しかし、この行動は裏目に出た。タハリール広場からの情報の流れを制限したものの、エジプトへの国際的な関心に火が付いてしまった。ムバラク大統領は、21世紀において重要なのは(すでに溢れすぎた)情報ではなく関心の流れだということを知らなかった。さらに、カイロの元気な革命家の友人たちがすぐさま衛星電話を持ってカイロに空路で入り、エジプトにかつてないほど強い関心を抱いている世界的な報道機関のインタビューに革命家たちが答えたり、報道機関に画像を送ったりできるようにした。
数週間のうちに、ムバラク大統領は失脚し、軍事評議会が後を引き継いだ。軍事評議会がしたことは、その後に起こるべきことの前兆だった。エジプト軍最高評議会(Supreme Council of the Armed Forces)はフェイスブックページを開設し、そこを唯一の公式発表の場とした。ムバラク元大統領の失敗から学び、反体制派の土俵で勝負したのだ。
数年のうちにエジプトのオンライン世界は劇的な変化を遂げることになった。「ツイッターをしているのが私たち(反体制派)だけだった時には、私たちの影響力はもっと強かったのです」と、ソーシャルメディアで著名なある活動家は語った。「いまやツイッターは、政府支持者からの嫌がらせを受けている反体制派同士の口論で溢れています」。2013年には、始まったばかりなのに争いばかりしている文民政権に抗議しているうちに、軍が政権を取ってしまった。
権力を持つものは常に間違いから学び、強力な道具や手段は常に権力者の手に落ちる。これは歴史の厳しい教訓であり、根拠のあることだ。これはデジタルテクノロジーが、自由のための道具だと称えられてから7年後に、一転して西洋の民主主義を混乱させる(つまり対立を増大させて独裁主義を起こし、ロシアなどによる国政選挙への干渉を引き起こす)ものになり果てたと非難されているのかを理解するためのキーポイントになる。
ただし、何が起こったのか完全に理解するためには、人間の社会的な動きや、至る所にあるインターネットのつながり、そしてテック巨大企業のビジネスモデルが組み合わさることで、誤った情報がはびこるだけでなく本当の情報さえも人々を混乱させ、情報を伝えることが啓蒙ではなく人々を麻痺させる環境がいかに作り出されるのか、それを説明する必要がある。
2. 大胆な希望
2008年にバラク・オバマが米国初のアフリカ系米国人の大統領となった選挙は、テクノロジーが弱者に力を与えたアラブの春での出来事の予兆となっていた。オバマは選挙では勝てないと思われた候補だったが、まず民主党予備選挙でヒラリー・クリントンを破り、次に総選挙で共和党の対抗候補を破り、大統領になった。2008年と2012年のどちらの勝利の時も、テクノロジーをよく知った選挙運動、すなわち大量のデータを使ったソーシャルメディア記事を掲載し、有権者のプロフィールを調査し、マイクロターゲティング(有権者の嗜好や行動パターンの分析)をしたことについての賞賛記事が溢れた。2回目の勝利の後、MITテクノロジーレビューはU2のボノを起用した表紙に「ビッグデータが政治を救う」との見出しを付け、「スマートフォン、インターネット、情報拡散は、独裁者には最悪の組み合わせだ」と書いた。
しかし、独裁政権を見てきた私や他の多くの人々は心配していた。私にとっての最重要事項は、特にフェイスブックでマイクロターゲティングをすることで、公的領域に大きな害が出る可能性があることだった。ソーシャルメディアに反体制派の人たちをまとめる力があることは確かだ。しかし、オンラインでのマイクロターゲティングはまた、どんなメッセージを隣人が受け取っているか見当もつかず、各有権者に送られるメッセージが有権者のどのような欲望や弱さに狙いを定めているのか分からない状況を作り出す。
インターネットのプラットフォームは、ユーザーが新しい方法で集まってコニュニティを形成することを可能にしたが、同じテレビニュースを見て、同じ新聞を読んでいる人たちの既存コミュニティを四散させてしまった。人々の目を画面に釘付けにしておくことで収益を最大化するように組まれたアルゴリズムが情報を広めるおかげで、同じ町内に住んでいることすら意味がなくなってきた。これは社会的かつ集団的な政治から、より個人的で分散した政治への変化であり、政治的活動をする役者たちは個人データをますます多く集め、有権者一人一人に対してこっそりと「適切な」情報を送るようになった。
私が恐れるのは、こういったことすべてが原因となって誤った情報が生み出され、社会が分裂することだ。
2012年の大統領選挙のすぐあと、私はニューヨークタイムズ紙の、社説の向かい側の署名入り特集ページに寄稿し、この憂慮について説明した。気難しがり屋の小言にならないよう、心配点を控えめに述べた。テレビやラジオなどの規律のあるメディアシステムと同様に、ソーシャルメディア上の政治的広告とコンテンツにも透明性と説明責任を確立すべきだと主張しただけだ。
即座に反発があった。オバマの2012年の選挙キャンペーンのデータ責任者だったイーサン・レーダーは、「私はビッグブラザー(独裁組織の管理者)ではない(I Am Not Big Brother)」という見出しの記事を書き、そのような心配は「ナンセンス」だと言った。私が話したデータ科学者や民主党員のほとんどすべての人は、テクノロジーには良いところがないという私の考えにひどく腹を立てていた。私がニューヨークタイムズに書いた記事に対してコメントした読者たちは、私は座を白けさせているだけだと考えていた。選挙で民主党を優勢にしたテクノロジーに一体どんな問題点があるのだ、と言うわけだ。
3. 安全という幻想
自分たちが常に優勢だと考えていたのは、タハリール広場にいた革命家たちや、米国民主党支持者たちだけではない。
米国国家安全保障局(NSA)はバグやバックドアといったデジタルテクノロジーの脆弱性を狙うハッキングツールを収蔵し、(非常に高度な)数学的なショートカットや大規模な計算能力を備えている。これらのツールは「NOBUS(nobody but us:我々しか使えないの意)」と呼ばれる。NSAの他の誰も使えないから、セキュリティの弱点にパッチを当てたり、一般的なコンピューター・セキュリティを強化する必要はないということだ。NSAは、オンラインのセキュリティを弱くすることは、NSA自身へのダメージよりも敵に与えるダメージのほうがずっと大きいと信じているようだ。
多くの人がNSAの自信はもっともだと考えたようだ。詰まるところ、インターネットはほとんど米国が作り出したものであり、インターネット界の巨大企業は米国で創業している。世界中のコンピューター科学者が米国に集まり、シリコンバレーで働きたいと考えている。さらに、NSAの予算は巨額であり、伝えられるところでは世界最高のコンピューター技術者や数学者が何千人も働いている。
機密情報の全体像について私たちが知る由はないが、2012年から2016年の間に …
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