KADOKAWA Technology Review
×
2024年を代表する若きイノベーターたちに会える!【11/20】は東京・日本橋のIU35 Japan Summitへ
10 Breakthrough Technologies 2020

10 Breakthrough Technologies 2020

ここに、MITテクノロジーレビューが、重要課題の解決に実際に変化をもたらすと信じる技術的進歩の2020年版リストを紹介する。選択基準として、実証回数の少ないものや、誇大宣伝されている新しいガジェットは除いた。その代わり、私たちの生活や仕事の仕方を実際に変えるようなブレークスルーを選んだ。

  1. ハッキングされないインターネット
  2. 超個別化医療
  3. デジタルマネー
  4. アンチエイジング薬
  5. 人工知能が発見する分子
  6. 人工衛星メガコンステレーション
  7. 量子超越性
  8. 小さなAI
  9. 差分プライバシー
  10. 気候変動アトリビューション

ハッキングされないインターネット

YOSHI SODEOKA

2020年後半、オランダの研究者はデルフトとデン・ハーグを結ぶ量子インターネットを完成させる予定だ。

ハッキングされないインターネット

・なぜ重要か
インターネットはハッキングに対してますます脆弱になっているが、量子インターネットはハッキングできない。
・キー・プレーヤー
デルフト工科大学、量子インターネット・アライアンス、中国科学技術大学
・実現時期
5年

 

量子物理学に基づくインターネットの登場で、まもなく本質的に安全な通信が可能になる。デルフト工科大学のステファニー・ウェナー教授が率いるチームは、量子テクノロジーだけを使って、オランダの4都市を結ぶ量子インターネットを構築している。このネットワークを介して送信されるメッセージは、ハッキング不可能だ。

この数年間で、科学者たちは光ファイバーケーブルを介して伝送する光子のペアを使うことで、符号化された情報を完全に保護する方法を習得している。中国のあるチームは、このテクノロジーを使って北京と上海を結ぶ2000キロメートルの基幹ネットワークを構築した。しかし、このプロジェクトは部分的に従来技術に依存しているため、新しい量子リンクを確立しないうちに定期的にリンクが切断されてしまい、ハッキングの危険性が生じる。対照的に、デルフト工科大学のネットワークは、量子技術だけでエンド・トゥ・エンドで都市間で情報を伝送する最初の量子インターネットとなる。

このテクノロジーは、「量子もつれ」と呼ばれる原子粒子の量子的な振る舞いに依存している。量子もつれ状態にある光子を傍受しようとするとコンテンツが破壊されるためハッキングできない。

だが、量子もつれ状態にある光子を作るのは難しく、長距離の伝送はさらに難しい。ウェナー教授のチームは、1.5キロメートル以上伝送できると実証しており、2020年の終わり頃までにはデルフトとデン・ハーグの間に量子リンクを構築できると確信している。より長い距離を確実に接続するには、ネットワークを拡張する量子中継器が必要になる。

そうした中継器は現在、デルフト工科大学などで設計中だ。最初の中継器は今後5~6年で完成し、10年後には世界的な量子ネットワークが完成するだろう、とウェナー教授は話す。

(ラス・ジャスカリアン)

超個別化医療

JULIA DUFOSSÉ

 

ある患者固有の遺伝子変異を治療する、新しい医薬品が開発されている。

超個別化医療

・なぜ重要か
ある1人の患者に向けた遺伝子医療は、治療法がない病気を患った人々に希望を与える。
・キー・プレーヤー
A-Tチルドレンズ・プロジェクト(A-T Children’s Project)、ボストン小児病院、アイオニス・ファーマシューティカルズ(Ionis Pharmaceuticals)、米国食品医薬品局(FDA)
・実現時期
実現済み

 

絶望的な症例として定義されるのは、治療法のない、極めて稀で、致命的な疾患を持つ子どもだ。症例数が少なすぎて、その疾患を研究する研究者もいない。「治療するにはあまりにも珍しすぎる」といわれるほどだ。

だが、患者の遺伝子に合わせて個別にあつらえる新しい医薬品の登場で、状況は変わろうとしている。特定のDNAの損傷によって起こる極めて稀な病気は数千とあるが、遺伝子治療のおかげで、少なくとも病に立ち向かえる可能性が出てきた。

患者固有の遺伝子の突然変異に起因する絶望的な病気に苦しむ少女、ミラ・マコベックの症例がその1つだ。ミラのためだけに、医薬品が作られたのだ。ミラの遺伝子異常を医師が解読してからわずか1年で治療が始まり、2019年10月、ニューイングランド医学ジャーナル(New England Journal of Medicine)に論文が発表された。薬は、ミラにちなんで「ミラセン(milasen)」と名づけられた。

この治療でミラの病気が治癒したわけではない。だが、ミラだけのための薬によって、病状は安定したようだ。ミラの発作は減少し、介助があれば立ち上がって歩けるようになった。

治療が実現したのは、より迅速に遺伝子治療薬を作れるようになり、効果が現れる可能性も高まったからだ。こうした新しい医薬品は、遺伝子置換、遺伝子編集、アンチセンス(ミラが投与されたタイプ)と呼ばれる、誤った遺伝子情報を消去・修正する分子消しゴムのような形式になるだろう。これらの治療法に共通しているのは、遺伝性疾患のDNAの修正や補正をデジタルスピードでプログラムできる点だ。

ミラのような治療例は、どれくらいあるだろうか。現時点では、ほんのわずだ。

だが、今後、多くの症例が出てくるだろう。かつては、さまざまな障害を発見し「残念です」と断っていた研究者たちが、今やDNAに解決策を見出し、何かできるかもしれないと考えている。

「n-of-1」治療の真の課題は、医薬品の開発・試験・販売に関して一般的に受け入れられている、あらゆる概念に反していることだ。開発や製造に大量の人材を必要とするような医薬品を使って1人の患者を救った場合、誰がその費用を負担するのだろうか?

(アントニオ・レガラード)

デジタルマネー

デジタル通貨の台頭は、金融プライバシーに大きな影響を与える。

デジタルマネー

・なぜ重要か
物理的な現金の利用が減少するにつれ、仲介者がいない(売買の直接)取引の自由度も低下している。一方、デジタル通貨テクノロジーが、世界の金融システムの分断に利用される可能性がある。
・キー・プレーヤー
中国人民銀行、フェイスブック
・実現時期
2020年

 

2019年6月、フェイスブックは「世界通貨」を標榜する「リブラ(Libra)」を発表した。構想は反発を招き、少なくとも当初想定されていた形でのリブラの発行はなくなりそうだ。だが、それでも変化は生まれた。フェイスブックの発表からわずか数日後、中国人民銀行の関係者が、中国独自のデジタル通貨の開発加速を示唆したのだ。現在、中国は主要経済国の中で初めてデジタル通貨を発行し、物理的な現金と置き換えようとしている。

準備金の大部分を米ドルが占め、米ドルが基軸となるリブラを、中国の指導者たちは明らかに脅威と感じているようだ。米ドルが事実上世界の準備通貨となっていることから、米国は世界の金融システムにおいて不釣り合いなほど大きな力を持っており、リブラの誕生でその力が強まる恐れがある。中国はデジタル人民元を国際的に推進するつもりではないか、との疑念もある。

現在、フェイスブックのリブラの発行は地政学的問題になっている。2019年10月、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEO(最高経営責任者)は、リブラにより「民主主義的な価値観、監視体制だけでなく、世界の金融界における米国のリーダーシップは力を増すでしょう」と議会で約束した。デジタル・マネー戦争が始まったのだ。

(マイク・オルカット)

アンチエイジング薬

YOSHI SODEOKA

体内の自然な老化プロセスに狙いを定めた疾患治療を試みる薬は、将来有望なことが明らかになってきた。

アンチエイジング薬

・なぜ重要か
がん、心臓病、認知症など、さまざまな疾患が、老化を遅らせることで治療できる可能性がある。
・キー・プレーヤー
ユニティ・バイオテクノロジー(Unity Biotechnology)、アルカヘスト(Alkahest)、メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)、オイシン・バイオテクノロジーズ(Oisin Biotechnologies)、シワ・セラピューティクス(Siwa Therapeutics)
・実現時期
5年以内

 

新しい種類のアンチエイジング薬の最初の波は、すでにヒト臨床試験に入っている。こういった薬で(まだ)長生きできるわけではないが、老化の根本的なプロセスを遅らせたり、逆行させたりすることで、特定の病気を治療しようとしている。

これらの薬は「セノリティクス(senolytics)」と呼ばれ、加齢とともに蓄積される特定の細胞を除去する。これらの細胞は「老化」細胞として知られ、細胞修復の正常なメカニズムを抑制したり、隣接する細胞に有害な環境を作り出したりして、低レベルの炎症を引き起こす。

2019年6月、サンフランシスコに拠点を置くユニティ・バイオテクノロジー(Unity Biotechnology)は、軽度から重度の変形性膝関節症患者を対象とした初期の臨床試験結果を報告した。より大規模な臨床試験の結果は、2020年後半に発表される予定だ。また、同社は加齢に伴う目や肺などの疾患治療を目的とした、同様の薬剤も開発している。

現在、セノリティクスは老化やさまざまな疾患の原因となる生物学的プロセスを対象とした、他の多くの有望な手法とともに臨床試験が実施されている。アルカヘスト(Alkahest)は、若者の血漿を軽度から中等度のアルツハイマー病に苦しむ患者に投与し、患者の認知力などの機能低下を抑制しようとしている。また、同社はパーキンソン病や認知症治療薬の臨床試験もしている。

2019年12月には米国のドレクセル大学医学部の研究チームが、免疫抑制剤ラパマイシン(rapamycin)を含むクリームで、人間の皮膚の老化を遅らせる作用について臨床試験をした。

こうした臨床試験は、心臓病や関節炎、がん、認知症といった老化に関連する多くの疾患の発症をハッキングによって遅らせることができるかどうか、研究者たちが確かめる取り組みの広がりを反映したものだ。

(アダム・ピオル)

人工知能が発見する分子

科学者たちは有望な薬品に類似する化合物を見つけようと、人工知能(AI)を活用している。

人工知能が発見する分子

・なぜ重要か
新薬を商品化するには、平均約25億ドルの費用がかかる。その理由の1つは、有望な分子の発見が難しいからだ。
・キー・プレーヤー
インシリコ・メディシン(Insilico Medicine)、キボティクス(Kebotix)、アトムワイズ(Atomwise)、トロント大学、ベネボレントAI(BenevolentAI)、ベクター研究所
・実現時期
3~5年

 

生命を救う可能性を秘めた薬に変わるかもしれない分子の宇宙は、驚くほど広い。研究者の推定では、およそ10の60乗もあるという。これは太陽系に存在する総原子数よりも多く、化学者が価値のある分子を見つけられれば、事実上、無限の化学的な可能性を提供する。

今や機械学習ツールは、既存の分子やその特性に関する大規模データベースを探索し、その情報を活用して新しい可能性を生み出そうとしている。これにより、より速く、より低コストで新薬の候補が発見できるかもしれない。

2019年9月、香港に拠点を置くインシリコ・メディシン(Insilico Medicine)とトロント大学の研究者チームは、人工知能(AI)アルゴリズムが発見した複数の新薬候補を合成して、この戦略の取り組みが適切だと示す説得力のある第一歩を踏み出した。

囲碁で世界チャンピオンを打ち負かした生成モデルや、深層学習に類似した手法を使って、研究者たちは有望な特性がある約3万の新しい分子を特定した。その中から6つを選び、合成してテストしたところ、そのうちの1つは特に活性が高く、動物実験で有望だと証明された。

創薬に携わる化学者は、しばしば新しい分子を夢見る。創薬は、業界でも最高水準の研究者たちが、長年の経験と鋭い直感によって作り上げる芸術ともいえる。今や科学者たちは、新しいツールを手に入れ、創造力を膨らませている。

(デビッド・ロットマン)

人工衛星メガコンステレーション

JULIA DUFOSSÉ

 

今や人工衛星を安価に製造して地球周回軌道に打ち上げ、数万基まとめて運用することができるようになっている。

人工衛星メガコンステレーション

・なぜ重要か
人工衛星メガコンステレーションを用いれば、世界中に高速インターネットを張り巡らせられる。だが同時に、地球周回軌道は宇宙ゴミの地雷だらけになるだろう。
・キー・プレーヤー
スペースX(SpaceX)、ワンウェブ(OneWeb)、アマゾン、テレサット(Telesat)
・実現時期
実現済み

インターネット端末にブロードバンド回線を届けられる人工衛星メガコンステレーション。インターネット端末が空を見渡せる状態にあれば、こうした人工衛星によって近くの端末にインターネット接続を提供できる。スペースXだけでも、スプートニク以来、人類が打ち上げた衛星の4.5倍以上の数の衛星を、この10年間に地球周回軌道上に打ち上げる計画がある。

メガコンステレーションが実現可能になったのは、より小型の衛星をより安価に打ち上げられるようになったからだ。スペースシャトルの時代には、人工衛星の打ち上げコストは1ポンド(453グラム)あたり約2万4800ドルだった。重さ4トンの小型通信衛星を打ち上げるには2億ドル近くかかった。

現在、スペースXのスターリンク(Starlink)衛星の重さは約227キログラムだ。再利用可能な構造と安価な製造方法により、何十基もの衛星をロケットに搭載してコストを大幅に下げることに成功。スペースXのロケット「ファルコン9(Falcon 9)」による1ポンドあたりの打ち上げコストは現在1240ドルだ。

ペースXは2019年に最初の120基のスターリンク衛星を打ち上げた。2020年1月から2週間ごとに60基の人工衛星を打ち上げていく予定だ。ワンウェブ(OneWeb)は、2020年後半に30基以上の人工衛星を打ち上げることを予定している(日本版注:ワンウェブは新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより資金調達ができなかったとして破産を申請した)。数千もの衛星が連携することで、地球上で最も貧しく、最も辺鄙な土地に住む人々にもインターネット接続を提供できるようになるかもしれない。

だがそれはうまく行った場合の話だ。メガコンステレーションが天文学の研究を混乱させる恐れがあるとして激怒している研究者もいる。さらに悪いことに、数百万個もの宇宙ゴミが衝突して大惨事に発展し、人工衛星によるサービスや将来の宇宙開発が不可能になる恐れがある。2019年9月のスターリンクと欧州宇宙機関(ESA)の気象衛星とのニアミス(異常接近)は、地球周回軌道上の物体をほとんど管理できていないことを知らしめる衝撃的な出来事だった。こうしたメガコンステレーションで今後10年間に起こることが、軌道空間の将来を決定づけるだろう。

(ニール・V・パテル)

量子超越性

YOSHI SODEOKA

グーグルは、量子コンピューターが古典的なコンピューターを凌駕することを初めて明確に証明した。

量子超越性

・なぜ重要か
最終的に、量子コンピューターが、古典的なコンピューターでは解決できない問題を解決できるようになるだろう。
・キー・プレーヤー
グーグル、IBM、マイクロソフト、リゲッティ(Rigetti)、Dウェーブ(D-Wave)、イオンQ(IonQ)、ザパタ・コンピューティング(Zapata Computing)、クォンタム・サーキッツ(Quantum Circuits)
・実現時期
5~10年以上

 

量子コンピューターは、私たちが慣れ親しんだものとは全く異なる方法でデータを保存し処理する。理論的には、現在の暗号コードの解読や、新しい医薬品や材料の発見に役立つ分子の正確な挙動シミュレーションなど、想像できる最も強力な古典的スーパーコンピューターでさえ、解決に数千年もかかるような問題に取り組める。

量子コンピューターは数年前から運用されているが、古典的なコンピューターを凌駕するのは、ある特定の条件下にあるときだけだ。2019年10月、グーグルは世界で初めて、「量子超越性(quantum supremacy)」を実証したと発表した。グーグルの計算によれば、53キュービット(量子計算の基本単位)を搭載したコンピューターは、世界最大のスーパーコンピューターが1万年を要すると思われる計算を、15億倍の3分強で解いた。IBMはスピードアップはせいぜい1千倍だと、グーグルの主張を批判した。とはいえ、これは画期的なことだった。そして1キュービットごとに、量子コンピューターの速さは2倍になるという。

だが、グーグルのデモは厳密には概念実証であり、電卓で任意の合計値を計算して、答えが正しいことを示すようなものだった。現在の目標は、有用な問題を解決するのに十分なキュービットを搭載した量子コンピューターを作ることだ。だが、これは極めて困難な課題だ。キュービット数が大きくなると、量子状態を維持するのが難しくなるからだ。グーグルの技術者は、現在の手法では、100から1000キュービットの間のどこかに到達できると考えている。この数値ならば何か有用なことに利用できるかもしれないが、まだ確信は持てないという。

そして、その先はどうなるのだろうか。現在の暗号を解読するには数百万キュービットが必要で、実現にはおそらく数十年はかかるだろう。だが、分子モデルを設計するコンピューターはもっと簡単に作れるはずだ。

(ギデオン・リッチフィールド)

小さなAI

今や強力な人工知能(AI)アルゴリズムを、手元のスマートフォンだけで実行できるようになった。

小さなAI

・なぜ重要か
クラウドに接続することなく、最新のAI技術の恩恵を受けられるようになった。
・キー・プレーヤー
グーグル、IBM、アップル、アマゾン
・実現時期
実現済み

 

人工知能(AI)には1つ問題がある。より強力なアルゴリズムを開発するために、大量のデータと計算能力を使い、集中管理型のクラウド・サービスに依存しているのだ。この方式では途方もない量の二酸化炭素を排出する上に、AIアプリケーションの実行速度が制限され、プライバシーの問題も抱えている。

だが、「小さなAI(tiny AI)」により、こうした傾向は変わりつつある。大手テック企業や研究者たちは、既存の深層学習モデルの能力を保ちながら軽量化する、新しいアルゴリズムに取り組んでいる。一方、次世代の専用AIチップは、小型化したチップにより多くの計算能力を詰め込み、はるかに少ない消費電力でAIを訓練して実行しようとしている。

これらの技術の進歩は、ようやく消費者に届き始めたばかりだ。2019年5月、グーグルは、リモート・サーバーに情報を送信することなく、ユーザーのスマホでグーグル・アシスタントが実行できるようになったと発表した。アップルは、iOS13でシリ(Siri)の音声認識機能とクイックタイプ(QuickType)キーボードをアイフォーン単独で実行できるようにした。IBMとアマゾンも現在、小さなAIを開発・デプロイ(配置・展開)するための開発者向けプラットフォームを提供している。

これらはすべて、多くのメリットをもたらす。まず、深層学習モデルを実行する際にクラウドにアクセスする必要がなくなれば、音声アシスタント、オートコレクト(入力ミスの自動修正)、デジタルカメラなどの既存のサービスは、より使いやすく、より速く動くようになるだろう。次に、モバイル・ベースの医用画像解析や迅速な反応が求められる自動運転自動車のような新しい応用分野への展開も実現するだろう。最後に、端末に搭載されたAIは、プライバシーの面でも優れている。サービス向上や機能改善のために個人データを端末からクラウドへ送信する必要がなくなるためだ。

だが、AIの利点が広まるにつれ、すべての課題も広まるだろう。たとえば、監視システムやディープフェイク動画との闘いが難しくなる可能性があり、差別的なアルゴリズムも急増するかもしれない。研究者、エンジニア、政策立案者は、こうした潜在的な被害について技術的・政策的抑制を進展させるため、今すぐ協力しする必要がある。

(カーレン・ハオ)

差分プライバシー

重要なデータセットのプライバシーを測定する手法。

差分プライバシー

・なぜ重要か
米国国勢調査局が収集したデータを非公開にしておくことはますます難しくなっている。差分プライバシー技術が、この問題を解決し、信頼を築き、他国のモデルとなる可能性がある。
・キー・プレーヤー
米国国勢調査局、アップル、フェイスブック
・実現時期
2020年の米国国勢調査が、これまでで最大規模の活用事例となるだろう。

 

10年に一度の国勢調査が実施される2020年、米国政府は大きな課題を抱えている。3億3千万人の国民のデータを、個人の身元を非公開にしながら収集しなければならない。収集したデータは政策立案者や学者が、法律の立案や調査の際に分析する統計表として公表される。米国勢調査局は法律で、個人を特定できないようにしなければならないと定められている。だが、国勢調査のデータが他の公的統計と組み合わされると、特に個人の「匿名性を奪う」仕掛けがある。

そのため、国勢調査局はデータに不正確さ、つまり「ノイズ」を加える。各年齢や民族の合計を変えずに、ある人を若くして別の人の年齢を高くしたり、白人を黒人として登録したり、その逆にしたりすることもある。ノイズを加えれば加えるほど、再識別は難しくなる。

差分プライバシーは、ノイズを加えたときのプライバシーの増加量を測定することで、このプロセスを厳密にする数学的手法だ。この手法はすでにアップルやフェイスブックが活用しており、具体的なユーザーを特定することなく、集計データを収集している。

だが、ノイズが多すぎるとデータが無意味になる可能性がある。ある分析によれば、2010年の差分プライバシー基準に基づく国勢調査では、世帯人数が90人と思われる世帯が複数含まれていたという。
すべてがうまくいけば、この方法は他の政府機関でも使用される可能性が高い。カナダや英国なども注目している。

(アンジェラ・チェン)

気候変動アトリビューション

YOSHI SODEOKA

研究者は、異常気象が気候変動の影響によるものかどうかを、見極められるようになった。

気候変動アトリビューション

・なぜ重要か
気候変動の要因分析により、気候変動がどのように天候を悪化させているのか、そして、どのように備えたらよいのかがより明確に分かる。
・キー・プレーヤー
ワールド・ウェザー・アトリビューション(World Weather Attribution)、オランダ王立気象研究所、赤十字・赤新月気候センター(Red Cross Red Crescent Climate Centre)、オックスフォード大学
・実現時期
実現済み

 

2019年9月、熱帯性低気圧イメルダ(Imelda)がヒューストン全域に洪水をもたらしてから10日後、イメルダの発生はほぼ確実に気候変動によるものだとする研究成果が発表された。

民間コンソーシアムのワールド・ウェザー・アトリビューション(WWA:World Weather Attribution)は、気候変動が起きた地球と、起きなかった地球を高解像度コンピューターでシミュレーションして比較している。我々が住んでいる前者の地球は後者の地球と比べ、激しい暴風雨が2.6倍発生し、その勢力は最大で28%も強くなっていた。

10年ほど前、科学者たちは特定の事象を気候変動と結びつけるのに消極的だった。だが、ここ数年でより多くの異常気象の要因が研究されツールや技術が急速に進歩したことで、研究の信頼性や説得力が高まっている。

これは、進歩したいくつかのツールやテクノロジーが組み合わさって可能になった。1つは、長期にわたって得られるようになった、多くの衛星データの詳細な記録が、自然界の理解に役立っていること。もう1つは、コンピューターの計算能力が向上したため、科学者が従来よりも高解像度の画像でシミュレーションを実行し、バーチャル実験をできるようになったからだ。

こういった進歩や改善により科学者たちは統計的な確実性を高め、確かに地球温暖化は頻繁にこれまでより危険な気象現象を引き起こしていると認めるようになった。

気候変動の役割を他の要因との関係から切り離したこの研究は、地球温暖化が悪化するにつれ、今後どれだけの洪水が起こり、どれほどひどい熱波に襲われるのかなど、我々がどのような種類のリスクに備える必要があるのかを教えてくれる。きちんと耳を傾ければ、気候変動で変わってしまった地球のために都市やインフラをどのように再構築するべきか、理解するのに役立つはずだ。

(ジェームズ・テンプル)

フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る