命に関わることで知られるマラリア原虫は、人の免疫機能で検出されることを回避して人体内で繁殖する方法を無数に進化させてきた。マラリアの感染は、主にサハラ砂漠以南のアフリカ地域に集中しており、全体の感染者の約95%がこの地域におけるものである。マラリアにより年間60万人以上が死亡しており、その大半が5歳以下の子どもだ。
2021年10月、蚊によって媒介される致命的な病気であるマラリアに対抗する世界初のワクチンが、何年もの開発期間を経て、ようやく世界保健機関(WHO)に承認された。
「RTS,S」または「モスキリックス(Mosquirix)」と呼ばれるグラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)のマラリア・ワクチンは、非常に効果が高いというわけではない。同社のワクチンは、生後5カ月から17カ月までの子どもに3回接種する必要があり、さらに3回目の接種から12カ月から15カ月後に4回目の接種が必要となる。ケニア、マラウイ、ガーナの80万人以上の子どもを対象に先行接種を実施したところ、1年目にはマラリアの重症化を防ぐ効果が約50%確認されたものの、時間の経過につれて効果は劇的に低下した。
それでも公衆衛生当局は、1987年から試験的に接種が実施されているこのマラリア・ワクチンについて、アフリカにおける「ゲーム・チェンジャー」と称賛している。虫を寄せ付けないよう殺虫剤をコーティングした蚊帳や、抗マラリア医薬品を雨季に投与するなど、他のマラリア対策と組み合わせることで、既存の医薬品を投与された子どもたちと比較して、マラリアによる死亡率を最大で70%減少させることが期待される。
モスキリックス はまた、人の寄生虫病に対し初めて承認されたワクチンであるという、より広い意味合いを持っている。寄生虫は複雑な多細胞生物であり、ゲノム情報の規模は一般的なウイルスやバクテリアのゲノム規模の500~1000倍にもなる。このように複雑な構造をしているため、寄生虫は、人間の免疫反応を受けた際に無数の変異を起こすことができる。グラクソ・スミスクラインのマラリア・ワクチンは、生後間もない寄生虫の表面に点在する1つのタンパク質を複製したものと、体の免疫系に警鐘を鳴らして人体に抗体産生を促すように設計された一連の分子で構成されている。これにより、本物のマラリア病原体による侵入から人体を保護することになる。
公衆衛生当局は、今回のマラリア・ワクチンの承認がイノベーションを促進する可能性が高いと述べる。第2世代のマラリア・ワクチンや、他の寄生虫病向けのワクチンの開発もすでに進んでいる。
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MITテクノロジーレビューの「ブレークスルー・テクノロジー10」2022年版の一環として、マラリアワクチンがどのようにして開発されたのか、そして今後の展望についてこちらで検証している。