新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックでは、ウイルス感染のしやすさや重症化のリスクについて、さまざまな研究が進められた。新型コロナやインフルエンザを含む感染症においては、環境要因だけでなく生まれもった遺伝要因も、これらのリスクに影響すると考えられている。新型コロナにおける遺伝要因の解明は、ウイルスのヒトへの感染メカニズムや病態の理解を深め、さらには治療薬の開発にもつながる重要な研究課題だ。
マサチューセッツ総合病院のリサーチフェロー、金井仁弘(Masahiro Kanai)は遺伝統計学を専門とし、大規模なヒトゲノムデータの解析を通じて、ヒトの遺伝的多様性の解明に取り組んできた。新型コロナのパンデミック初期の2020年3月、ヒト遺伝学コミュニティは国際コンソーシアム「COVID-19 ホストジェネティクスイニシアチブ(Host Genetics Initiative、COVID-19 HGI)」を発足。2024年現在までに世界35カ国から3000名以上の研究者が参加し、新型コロナ患者のゲノムデータの解析にあたっている。
金井は当初からCOVID-19 HGIの執筆グループリーダーの一人として中心的役割を担い、2023年にネイチャー(Nature)誌に掲載された最新の報告では筆頭著者を務めた。この研究では、新型コロナ患者22万人と健常者340万人以上のヒトゲノムを解析し、感染や重症化に関するゲノム領域を計51カ所特定。これらの遺伝子の中には、ウイルスの細胞内侵入や気道粘膜における感染防御、免疫に関するものが含まれ、新型コロナの感染メカニズムに潜む遺伝的背景の解明に大きく貢献した。この成果は、複数の治療薬の臨床試験開始における重要なエビデンスとなった。
COVID-19 HGIの活動の特筆すべき点は、発足からわずか4カ月後には最初の関連遺伝子を特定し、従来の論文出版を待たずに即時に全世界に解析結果を公開したことだ。金井は、「常に最新の解析結果を公開することにより、喫緊の公衆衛生の課題に世界的に対応しました。将来的にパンデミックに対してレジリエントな社会を構築する上で、ヒト遺伝学者の重要性と国際協力体制の有効性を明らかにできました」と述べる。この迅速かつ開かれた研究アプローチは、将来起こりうる新たなパンデミックへの備えとして、重要な先例となるだろう。
(島田祥輔)