2050年のカーボンニュートラル実現に向け、化石燃料からの脱却を目指す動きが世界中で加速している。 そうした中、クリーンなエネルギー源として水素が大きな注目を集めているが、その大規模な実用化には依然として課題が残されている。
現在、産業用水素の大半は化石燃料から製造されているが、この方法では製造過程でCO2排出を伴うため、カーボンニュートラルの実現につながらない。気候変動への対応で期待されているのは、再生可能エネルギーを用いた水電解による水素製造、いわゆる「グリーン水素」である。だが、その普及には高コストという大きな障壁が立ちはだかっている。特に、水電解装置自体の価格と、装置に使用される希少金属触媒のコストの高さが、グリーン水素の大規模製造と普及を妨げる大きな要因となっている。
水電解装置の中でも、プロトン交換膜(PEM:Proton Exchange Membrane)型は最高のエネルギー効率を誇るが、触媒に高価な希少金属イリジウムを使用するため、コスト低減が困難だった。国際水素機構の試算によると、2050年のカーボンニュートラル目標達成には約1.5TWのPEM水電解装置が必要とされ、そのために要するイリジウムは約500トン。これは世界の年間生産量の60年分以上に相当する膨大な量だ。
この課題に挑んだのが、理化学研究所環境資源科学研究センター生体機能触媒研究チームの研究員、孔爽(Shuang Kong)だ。孔はPEM型水電解装置向けに、イリジウムの使用をほぼゼロに抑えた革新的な触媒の開発に成功した。
まず孔は、触媒の安定性を高める仕組みを解明し、地球上に豊富に存在する酸化マンガンの耐久性を40倍も向上させることに成功。非貴金属触媒は耐久性が低く、従来は PEM型水電解への応用は不可能と考えられていたが、この成果によって非貴金属材料のPEM型水電解への応用可能性が飛躍的に広がった。
さらに孔は研究を進め、酸化マンガンを担体とした新たなイリジウム触媒を開発。イリジウムの使用量を95%以上削減しながら、高い活性と安定性を実現した。この画期的な成果は2024年にサイエンス(Science)誌に掲載され、学術界のみならず産業界からも大きな注目を集めた。
孔の研究成果は、実用化に向けた動きも加速させている。総合化学メーカーの東ソーとの共同研究では、10件以上の特許を出願(うち3件は国際特許)。2022年には東ソー社内に新たな研究開発グループが設立され、孔の研究成果のスケールアップ開発が始まった。さらに2023年からは、国立研究開発法人NEDOの事業に装置メーカーと共同で参加し、水電解装置の実用化に向けた大規模化などの研究開発にも取り組んでいる。
孔の研究は、グリーン水素の実用化と普及に向けた大きな一歩となり、カーボンニュートラル実現への道を切り拓くものとして期待が高まっている。
(笹田 仁)
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