現在の素粒子物理学研究の目的は「発見」から「高精度な観測」へと移行しており、微小な信号も正確にとらえ、かつ膨大な情報量を制御できる新しい技術が必要とされている。ハーバード大学およびマンチェスター大学に所属する久保田しおんらの研究チームが開発した電子検出技術「Q-Pix」は、最小作用原理に基づく独自の電子回路と革新的な情報量子化手法を組み合わせることで、従来は不可能とされていたほどの低いエネルギーを持つニュートリノの探索を可能にした。
原子とニュートリノ粒子の反応により生成される電荷を測定する既存の技術は、単位時間あたりの電荷量を計測して電流を波形として記録する。そのため、検出器の拡大や測定エネルギー閾値の低下に伴いデータ量が指数関数的に増大するという問題があった。これに対してQ-Pixでは、常時電荷を観測・蓄積し続け、それが一定値を超える際に回路内の時計に応じてタイミングを記録する。この離散的な記録に基づき、一定電荷量を蓄積するのにかかった時間を情報量子としてデータを処理することにより、既存技術の100万分の1の情報量で100倍の精度の電子検出を実現した。
久保田はQ-Pixの研究プロジェクトの主要メンバーとして、超新星や太陽からの低エネルギーニュートリノ観測のシミュレーションや、プロトタイプの運用試験とそのデータ解析を統率。筆頭著者として2022年に発表した研究論文では、世界最大のニュートリノ実験「DUNE」において、超新星ニュートリノの観測がQ-Pixにより可能になることを実証した。
Q-Pixは現在、素粒子実験への運用が主目的だが、Q-Pixがターゲットとする電荷検出はさまざまなIoT技術、環境モニタリング、医療物理などに広く使われている。Q-Pixを応用することにより、これらの測定技術の精度や感度を向上できると見込まれており、今後はそれらに注目した研究も進めていく計画だ。
(中條将典)
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