半導体技術の進化が減速し、従来のコンピューターの性能向上が頭打ちとなる中、量子コンピューターが次世代の計算機として注目を集めている。東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻で助教を務めるアサバナント・ワリット(Asavanant Warit)は、光子を利用する光量子コンピューターの研究で世界をリードしている研究者だ。
ワリットは、光量子コンピューターで大規模な量子もつれを世界で初めて生成することに成功した。具体的には、「2次元クラスター状態」と呼ばれる複雑な構造を持つ量子もつれを実現し、その状態で量子操作ができることを実証した。さらに、世界初となる光の論理量子ビットの実証にも成功し、誤り耐性型量子コンピューターの実現を大きく前進させたのもワリットの成果である。
ワリットは最近、2つの技術開発に取り組んでいる。1つは、光通信の5G技術を応用した高速光量子計算の技術開発である。研究の結果、2024年には、量子もつれおよび論理量子ビット生成に必要な量子状態を高速に生成することに成功し、他の物理系では実現できない数十GHzのクロック周波数を持つ高速な光量子情報処理が可能となった。
もう1つは、光量子コンピューターの自動制御である。従来の研究段階の光量子コンピューターは人手による調整に依存する部分が大きかったが、ワリットの研究チームが開発した時間多重手法により、システムの大規模化を避けつつ、調整の自動化を進めている。これにより、メンテナンスフリーな光量子コンピューターの実現を目指している。
こうした研究成果を社会実装するため、ワリットは2024年9月、商用規模の光量子コンピューター実機の開発と販売を目指すスタートアップ企業「OptQC(オプトキューシー)」を東京大学の古澤 明教授らと創業した。ワリットは基礎研究を継続しつつ、応用探索と実用化のためのエンジニアリングを複合的に進める方針だ。
光量子コンピューターは、常温常圧で動作し、高い動作周波数を実現できるため、エネルギー消費を抑えつつ高い演算性能を発揮できる。さらに、既存の光通信インフラとの高い親和性を持ち、データセンターでの活用も期待されている。日本発の最先端技術による光量子コンピューターの実用化に期待がかかる。
(笹田 仁)