ロボットというと、大規模な工場の製品組み立てや、物流拠点での荷物の仕分けなどの場面で活躍しているものを想像する人が多いかもしれない。現在、世界のロボット研究者が注目しているのは、人に寄り添い、人を支援してくれるロボットだ。しかし、人に寄り添うということは、人と共にさまざまな場所へ向かい、それぞれ周囲の環境が異なるところで、確実に作業を支援しなければならない。特に、後継者や労働者が不足している現場での作業支援や代替は、大きな課題となっている。
日立製作所研究開発グループの研究員であり、早稲田大学次世代ロボット研究機構の客員次席研究員でもある伊藤洋(Hiroshi Ito)は、この課題解決に向けて、深層学習アルゴリズムである「深層予測学習」を開発し、ロボットに応用した。この技術は、脳の情報処理メカニズムの一つである「予測符号化原理」を参考にしたもので、ロボットに目的の動作を習得させる際に大きな障壁であった膨大な試行錯誤と学習を大幅に軽減することに成功した。
深層予測学習を応用したロボットは、人がロボットを遠隔操作して目的の動作を複数回(通常十数回程度)実演し、その後にコンピュータで数時間学習するだけで、複雑な動作や全身協調動作を習得できる。これにより、プログラミングの専門知識を持たないエンドユーザーでも、ロボットに所望の動作を簡単に教えられるようになった。特筆すべきは、この方法で熟練作業者の動きを学習させることで、従来のロボット技術では実現困難だった暗黙知やノウハウをロボットに表現させることが可能になった点だ。
伊藤が開発した深層予測学習をロボット開発に取り入れる企業も現れている。AIスタートアップ企業が国内の宇宙開発機関と共同開発した宇宙空間で柔らかいファスナーを開閉するロボットは、伊藤が共同執筆した論文を参考にして作られた。伊藤は、深層予測学習のアルゴリズムを実装したライブラリ「EIPL(Embodied Intelligence with Deep Predictive Learning)」をオープンソースで公開し、深層予測学習の世界的な普及を狙う。
さらに伊藤は、複雑な作業を簡単に教え込むことが可能な研究用ロボットも開発した。このロボットは、操縦者が二人羽織のような体勢で、さまざまな種類の複雑な動作を教え込むことができるように作られており、ロボットが操縦者と同じ視点で捉えた高品質な学習データを収集できる。こうして収集した高品質なデータを用いて、さまざまな深層予測学習モデルを学習させ、最終的には、教えていない動作でも自ら考えて実行するロボットの実用化を目指しているという。
(笹田 仁)