次世代の深宇宙探査システムは、複数の人間、宇宙機、ロボット、人工知能(AI)の判断が複雑に絡み合う、予測困難な環境で機能する必要がある。米国航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所(JPL)の客員研究員である塚本紘康は、このような複雑なシステムにおいて、最低限の前提条件で探査目的を安全、確実、最適に達成できる「知能」の本質的な性質を探求している。
システムを制御する知能(意思決定則)の従来の設計手法は、システムの特性や不確実性に関する厳しい仮定に基づくことが多く、完全に未知の要素を多く伴う深宇宙探査には適していなかった。一方で、大規模予算を要する宇宙探査では、ミッションの成功確率や生存確率を数学的に厳密に評価する必要がある。
塚本はこの課題に対し、革新的なアプローチを開発した。まず、理想的な知能の状態と現状の差を測る新しい方法として「コントラクション・メトリック(Contraction Metric)」という測度に基づく考え方を提案した。これにより、システムの非線形性に伴う複雑な相互作用を正確に分析できるようになった。この手法では、変分に基づきシステムを線形的に解析することができ、その過程に経路積分を適用することで必要十分に非線形性を扱える。
さらに、不確実な状況下でも探査システムの性能を正確に予測するため、データに基づく知能の学習における厳しい仮定を取り除き、コントラクションが保たれる度合いに基づく数学的な仮定を導入することで、より現実的な条件下での精度を高めた。この手法により、非線形かつ確率的なシステムにおける、理想的な知能の状態と現状の差を数学的に厳密に評価できるようになったのだ。そしてその結果、非常に不確実な環境下での意思決定に対する強力な数学的保証を導き出すことに成功した。
この理論に基づく塚本の博士論文は、カリフォルニア工科大学(Caltech)宇宙工学専攻最優秀博士論文賞を受賞。応用研究として、AIの適応性と宇宙探査に必要な安全性を両立させ、多数の宇宙機からなる探査ネットワークや、予測困難な軌道を持つ恒星間天体の探査ソフトウェアを開発した。現在はJPLの客員研究員として、これらの発想を用いた汎用探査知能開発に取り組んでいる。
塚本は、「月にたどり着いた人間はほんの一握りで、火星やその他の惑星、それらの衛星に至っては、この長い人類の歴史の中でまだ誰も足を踏み入れていないという事実は、とても不思議で、非常にもったいないことのように感じます」と述べている。イリノイ大学アーバナシャンペーン校では助教授として独立研究室を立ち上げ、持続可能な自律宇宙ミッション設計、宇宙視点からの環境問題解決、それらの基礎理論の研究と教育を主導する。また、宇宙への興味の底上げを図る活動として、Webサイト、ユーチューブ、青空教室を通して情報を発信している。
これらの活動により、人類の生存圏を宇宙へと平和的に広げ、地球の諸問題を革新的な方法で解決し、誰もが好奇心に従って自由に宇宙に生きることができる世界を実現することが目標だという。
(中條将典)