齋藤 諒(MIT・ハーバード大学ブロード研究所)

Makoto Saito 齋藤 諒(MIT・ハーバード大学ブロード研究所)

CRISPR-Cas9の課題を克服。遺伝子編集による治療の可能性を広げる気鋭の研究者。 by MIT Technology Review Japan2023.11.10

生命の遺伝情報を書き換える「ゲノム編集」は世界中の生命科学の研究で活用されており、ゲノム編集技術の一つであるCRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)の開発者が2020年のノーベル化学賞を受賞したことは記憶に新しい。

しかし、CRISPR-Cas9は決して完成された技術ではない。特に、筋ジストロフィーなどの難治性遺伝子疾患を治療するということになると、解決すべき課題は多い。例えば、現在のCRISPR-Cas9は、筋肉の細胞といった分裂しない細胞では遺伝子改変の効率が悪い。また、遺伝子を切断する“ハサミ”の役割をもつCas9をコードする遺伝子のサイズは比較的大きい。そのため、体内の細胞に編集ツールを運ぶ「ウイルスベクター」という運搬装置の中にCas9遺伝子を組み込みにくいという問題がある。

MIT・ハーバード大学ブロード研究所の齋藤諒(Makoto Saito)は、CRISPR-Cas9の第一人者であるフェン・チャン(Feng Zhang)の研究室のポスドク研究員として、ゲノム編集をあらゆる遺伝子疾患の治療に適用することを目指している。

齋藤は、Cas9に似たタンパク質を探すため、従来の方法であるDNA配列を手掛かりにするのではなく、タンパク質の構造予測AI「アルファフォールド2 (AlphaFold2)」を利用。タンパク質の立体構造の類似性をもとに数々の新規システムの同定に成功している。発見したCASTというシステムを活用して、DNAを切断するCRISPR-Cas9とは異なる原理で遺伝子を挿入するツールも開発。さらに、Cas9の半分程度の遺伝子サイズであるFanzorというタンパク質も発見し、ウイルスベクターへの組み込みに関するサイズ上の課題解決にも貢献した。

今後はCASTの効率アップを目指し、遺伝性疾患の治療への道を切り拓きたいとしている。齋藤は、医学に応用できる生物システムの探索をさらに続けている。「ゲノム編集を超えた有用な生物工学ツールを人類に提供できると信じています」(齋藤)

(島田祥輔)